最近、ひとつ気になることがあった。


 それは別の世界からやってきた少女、龍神の御子のこと。
 彼女は見知らぬ場所の慣れぬ生活環境にもめげずに、重い役目を果たすために毎日よくがんばっていた。
 私はそんな御子殿が最近、考え深げにしているのに気づいた。
 しかも、特定の、ある八葉を見つめてということに。
 それはやはり今日も変わらなかった。
 元気よく「今日も札めくり、頑張りましょう!」と言って屋敷を出てきたというのに、
 気がつけば、彼女はもう一人の同行者を見つめているのだった。
 それもひどく切なげに。
 そんな様子を見ていると、ほんの少しだけ胸が痛んだ。
 何をそれほど気にかけているのだろうか。
 何を想っているのだろうか。
 御子殿の視線から目が離せず、そんなことばかりが気になった。
 そして気づけば、私はアイツが少し離れた場所にいる隙にこんな言葉を漏らしてしまった。

「天真がどうかしましたか?」
「え?」

 それまでアイツをじっと見つめていた御子殿は少し驚いたように振り返った。
 こぼれた声が小さかったからか、聞き取れなかったらしく、

「なんですか?頼久さん」

 まっすぐな視線で私を見上げてくる。
 そんな少女に私は『らしくもなく』わずかに怯んだ。そう、確かに怯んだのだ。
 その事実が許せなくて、ためらいを振り切るように腹に力を入れた。

「あの、天真がどうかしましたか?」

 私の言葉に御子殿はひどく驚いたように細い体をのけぞらせた。

「え…えええっ!?」

 顔が真っ赤に染まっている

「べ、別になんでもないですっ」

 正直者の彼女はウソをつくのもヘタだった。
 いつもなら、これ以上の詮索は無礼だと引くところではあったが、今日はそれができなかった。

「ですが、最近、あなたは気遣わしそうに天真を見ていらっしゃる。何か気がかりでもあるのではありませんか?
 私などではお力にはなれないかもしれませんが…」

 それでも、御子殿のために何か力になれれば…と思うのは本心だ。
 私は御子殿のあんな顔を見ていたくはなかった。
 そんな私に少女は慌てたように首を振る。

「そんなことないですっ!あの、あの、天真くんのことは…その、本当にたいしたことじゃなくて…」
「………」

 この時、もしかしたら私は暗い顔でもしていたのかもしれない。
 御子殿の瞳に気遣うような色が浮かぶのがわかった。
 これでは本末転倒というか…やはり余計なことはするものではないと思う。これもまた自分らしくない所業であった。

「申し訳ありませんでした」
「え?」
「余計な詮索を致しました」

 強い後悔の念が押し寄せてくる。
 しかし、そんな私の謝罪を遮るように御子殿の声が響いた。

「まって!あのっ…た、ただ、うらやましかっただけなのっ!」
『え…っ?』

 告げられた言葉の意味がわからず目を向けると、御子殿はますます真っ赤になった頬を押さえて、視線をそらした。
 その後は、まるでしかられた子供がぼそぼそといいわけをする様に似ている。

「ほら、天真くんの妹のランって龍神の御子の素質があったわけでしょ。だったら、もしかしたら…
 その、もしかしたらなんだけど、天真くんが女の子だったら龍神の御子だったりしたのかなーって」
『!』
「きっと天真くんだったら、しっかりしてるし、強いし、すごい御子になってたかもしれないって思って…
 その、ちょっとだけうらやましくなったの」
「………っ」

 あまりにも意外すぎる内容に、私は二の句が継げなかった。
 常日頃から「無粋だ」とか「発想が貧困だ」などと言われている身では、やはり想像力にも限界があって。
 女性で、龍神の御子をしている天真の姿など考えられなかった。
 なんとか思い描けたのは、御子殿の衣装を着て、御子殿のようにしゃべる『天真』の姿であった。
 かなり衝撃的である。

「バカなこと言ってるって…その、あきれた…?泰明さんとかだったら『くだらん』って怒るようなことだってわかってたんだけど、でも…」

 しゅんとして足下を見ながら、御子殿は言葉を紡ぐ。
 そんな少女はやはり自分にとってほうっておけない存在だった。
 だから、なんとか我を取り戻してみせる。

「くだらない、とは思いません。そんな風に御子殿が考えていらっしゃることに気づけず、私のほうこそ申し訳ありませんでした」
「よ、頼久さんっ!?」

 片膝を地面に付き、御子殿の小さな手を取る。
 重い運命にも負けず前を向いて歩いているように見えても、たとえ龍神の御子と呼ばれるその人でも、不安はあるのだ。

「御子殿は今のままで充分です。…私は、龍神の御子があなたでよかったと本当に思っております」

 それは心の底からの想い。

「あ、ありがとうございます。頼久さん」

 顔を真っ赤にして。
 でも、嬉しそうに笑う少女の笑顔が眩しかった。



 しかし、その後しばらくの間、私がアイツの顔をまともに見ることができなくなった理由については…誰にも何も告げる気はない。





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初の遙か小説。ギャグのはずがギャグのはずが…ッッ!
ちょっと悔しい。知人にギャグってより、コメディ風じゃない?と言われました。
その後、二人してギャグとコメディってどうちがうんだろうか…と悩んでみたり(苦笑
掲示板SSのはずが文字数オーバーしたので、こちらにUPとなりました。
修正後の仕上がりは”ほのぼのラブ………?”という感じでしょうか。

にしても、最初に書いたのが頼久さんのって…自分でも意外です。
2003/10