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「さて、どうするか」
「そうですね…どうしましょうか、フリックさん」
 まるで火が消えたかのように静けさを取り戻した室内を見ながら、二人は呟く。
 そこに、しきりに廊下の先を気にしていた少女が口を口を挟んだ。
「バレリアさん、病気みたいだったけど大丈夫かなあ?」
「あれは病気じゃなくて、少し疲れただけだと思うぜ。ビッキー」
 大丈夫だから、心配すんなって。
「でも…」
 でも、と不安げな顔をするビッキーにフリックは苦笑する。
「わかった。そんなに気になるんなら様子を見てくればいい」
 そう言うとビッキーは気持ちがすっきりしたように元気よく頷いた。
「そうだよねっ。うんっ、見てくるっ!」
「たぶん自分の部屋か医者のところだろう」
「医者って…リュウカンさんのとこだね!?」
 そして、さらに何かに気づいたように「あっ」と声を上げる。
「バレリアさんが置いてった剣も届けたあげたほうがいいよね?」
「ちょ、ちょっと待って!ビッキー」
 床に投げ捨てられたままの剣を拾おうとしたビッキーの横から、カスミが慌ててさっと剣を取り上げる。
「カスミ、君もついて行ってやれよ」
「で、でも…フリックさん一人じゃ…」
 テーブルの上に座る人形をちらりと見て、カスミは言いよどむ。
「俺なら大丈夫だ」
「カスミ、早く、早く」
 早く行こうと腕を引くビッキーに半ば引きずられながら振り返るカスミに、フリックは本当に大丈夫だと笑いかけた。
「一人で行かせて危なっかしいのはそっちのほうだしな」
 ついでに応援を呼んで来てくれると助かる。
「じゃあ、急いで戻ってきますから」
 そう言葉を残し、ばたばたと走って行く少女二人を見送って。
 フリックは静かに扉を閉めた。
 そして、彼は抜いていた剣を再び鞘に収めながらゆっくりとテーブルに近づく。
 そこには綺麗な着物を身につけた人形が身じろぎもせず、座っていた。
 幽霊憑きで、口まできくはた迷惑なひな人形。
 彼は両手で慎重にその人形を持ち上げると少し離れたところにあった木箱へと入れて蓋をした。
「これでよし」
 落ちていた組み紐で適当に留めて、彼はどこか満足げに頷く。
 箱をしまう場所も先に見当をつけていたように、迷うことなく彼は戸棚の開いたスペースへと片づけた。
 戸棚の戸を閉めて、部屋の中を確認する。
 中途半端に切り上げられたお茶会の様子が気になるといえば、そうだが。
 別に不自然なトコロは見あたらない。
 彼は小さく口元をほころばせる。
「邪魔者も追い払ったことだし」
 久々に青春とやらを謳歌してみるとするか。
 声に出さず、唇だけで呟いて。
 彼は軽やかな足取りで部屋を後にした。

 *

「おや?」
 軍師の部屋を出たところで、扉が開くのを待っていたかのように立っていた相手に彼女は微笑みかけた。
「カイ殿、軍師殿に用かい?」
 するとカイはそうではないというように首を振り、腕に抱えていたものを軽く持ち上げた。
「弟子からこれをもらいましてな。ヘリオン殿も少しいかがです?」
 彼が持っていたのはピンク色の小さな花がたくさんついた細い木の枝の束だった。
「ほお…桃の花か」
「外で見つけてきたそうです」
「もう春がそこまで来ているのを感じるのお」
 二人並んでゆっくりと歩き出しながら、
「桃…桃の節句、か」
 ぽつりとこぼれたヘリオンの呟きにカイは笑って頷いた。
「そういえば、もうそんな時期ですなあ」
 ヘリオン殿はひな人形というのをご存じですかな?
「わたしの母が見事な細工の段飾りを持っておりまして……ヘリオン殿?」
 改めて声をかけられ、ヘリオンは我に返ったように苦笑する。
「あ、ああ、すまぬ。ひな人形ならばよおく知っておるよ」
 昔、病弱な友がいたが、そやつはなかでも一番きらびやかで美しい女雛をひどく愛でておったものよ。
「自分もあんな風になりたいとな」
「ほほう、女の子とはそういうふうに思うものなのですか」
「だが思うだけでなく、それを現実にしてしまうところが困ったものじゃ」
 苦笑混じりの言葉にカイは首を傾げる。
「困った…ですかな?」
 美しい女性になりたいと願い、現実とするコト。
 それが困ったコトだろうか?
 しかし、カイの疑問に気づいただろうヘリオンもそれには応えなかった。
「毎年、その友とはひな祭りの日に会っておるが相変わらずの性格でな」
 騒動ばかり引き起こしてくれる。
「元気のよい方なのですな」
「元気…まあ、良く言えばそういうことかもしれぬがどうであろうな」
「そう口では言っても、会う日が楽しみなのでは?」
 まっすぐな眼差しで言うカイに、ヘリオンは小さく笑う。
 あたたかな日の光にそっと花開く桃の花。
 それを久しぶりに会う友に見せてやるのも悪くないだろう。
「まあ、確かに」
 そんな想いを彼女が後悔するのはまたしばらく後のことであった。


 END