時は夕刻。
 窓から入り込む西日が部屋の中を真っ赤に染め上げていた。
 その室内の光景を見つめ、バレリアは頭を抱えそうになってしまった。
 真っ二つに切り裂かれた本、倒れた棚に砕けた酒瓶。
 すべては昼間、酒を盗み飲みしていたビクトールに対して抜刀し、追いかけ回した結果だった。
 その後、別のコトに気をとられたせいもあってすっかり忘れてしまっていた。
 最初、何に対して怒っていたのかを今更ながらに思い出す。
「サイアクだ」
 こんなことなら、やはり燃やしてさっさとカタをつけておけばよかった…などと物騒な考えが頭をよぎる。
 しかし、それ以上は考えることすら面倒で。
 彼女はひっくり返った棚の引き出しから新しい着替えだけを取り出すと部屋を出た。
 とにかく埃まみれのこの体をきれいにして。
 まだ時刻は早いが今日はもう寝てしまおう。
 部屋のコトは………目が覚めてからだ。
 脱力した全身を引きずるようにして風呂場へと向かうバレリアの横顔は、いつになく疲れ果てていた。

     *

 その日の夜半。
 夕食もとうに終わった頃になってようやくリュウカンの医療室で目覚めたビクトールは、足取りも重く帰った自室の有様に目を点にして立ち尽くした。  
 廊下の端から並ぶ扉を数えて、何度もそこが自分の部屋かどうか確認する。
「…どうなってんだ?こりゃ」
 思わず唸ってしまう。
 ランプの明かりに浮かび上がるのは石造りの床と白っぽい壁、ただそれだけだった。
 自分の部屋は床いっぱいに服とかゴミを散らかしてあったはずで。
 少なくとも………ベッドは置いてあった。
 それが今や何もなく、ガランとした空間だけがそこにあった。
 酸欠かと思うほど働かない脳ミソに鞭打ち、彼は誰かが勝手に部屋を片づけた可能性にようやく思い至った。茫然自失してからそこまでゆうに十分。
「こんなふざけたマネをした野郎はどこのどいつだ!?」
 冗談というには悪趣味すぎる。
 一転して怒り頂点に達した彼は、迷うことなく隣室の扉をぶち開けた。うっかり鍵をかけていたら蝶番ごと扉が倒れているだろう勢いに部屋の主は眉をしかめる。
「おまえなあ、俺の部屋まで壊す気か」
 しかし、ビクトールは相手の苦情などどこ吹く風だ。
「誰だ?」
 まさに鬼気迫る形相で詰め寄る。
「ああ?」
「誰がオレの部屋を空っぽにしやがったんだ?フリック」
 来たか…とこうなることを十二分に予想していた青年は怯むことなく、親指を立てて自分自身の胸をとんとんと指し示した。
「俺に聞くより、自分の胸に手を当てて考えてみたらどうだ」
「なんだそりゃ?」
「何か思い当たるコトがあるだろ?ビクトール」
 冷ややかな眼差しで見据えてくるフリックにビクトールは顔をしかめた。
「思い当たることだとお?」
 呟き、ふと沈黙する。
 嫌がらせだとしたら誰がいるか、思いついたのは一人ではなかった。
 特に今日の昼間も新しい恨みを買ったばかりで。
「まさか、あの女が…」
 真紅の軍服に身を包んだ美女の怒りに燃えた瞳を思い出す。
 生真面目なヤツだけに、こういう報復をしてきてもおかしくない気がした。
 それでも、持ち物すべてを勝手に処分するというのはひどすぎねえか?
「チクショウっ。マジかよ、あのアマぁ」
 許せねえ、と呟き、背を向けたビクトールにフリックは関心のない様子で問いかける。
「で、これからどうするんだ?」
「もちろん、犯人つきとめるに決まってんだろうがッ」
 まずは一番可能性のありそうなアイツを締め上げてやるッッ!!
 もし、彼女が犯人でなかった場合、酒を盗んで逃げている自分の立場の方が悪くなるコトなど彼の頭にはなかった。
 鼻息も荒く、そのままフリックの部屋を出ようとし−−−
「!?」
 ビクトールは冷たい床に倒れ込んだ。
 そして、いつの間にか気配を殺して彼の背後に忍び寄っていたフリックはというと、
「こんな夜遅くに周りに迷惑かけるもんじゃないぜ?」
 首筋に手刀を一発、見事に相手を気絶させることに成功してふうっと息をついた。
「キレた者同士が顔突きつけあわせてもロクなことにならん」
 まあ、時間が経ったからといってビクトールの気が静まるわけもなかったが、相手が冷静さを取り戻していることに期待しよう。
 しかし、このまま部屋に残っていては目覚めたビクトールとひともめするのは目に見えていて。
「仕方ねえな」
 とんだとばっちりだな、と苦々しく思いながらフリックは部屋を抜け出した。
 夜空には白く輝く満月。
 それを見ながら眠るのも悪くない。
 砦を持たず、野宿していた頃を思い出しながら彼は懐かしさに目を細めた。


 END
 「青天の霹靂」に続きます。