作戦メンバーが発表された時、彼女は『よしっ』と心の中で呟いていた。
思っていたよりも早いチャンス到来に、浮き立つ気持ちを押さえることさえ難しい。
懸命に作戦会議に神経を集中させながらも、頭の片隅では別の計算をしてしまう。
目的地までの距離と所要日数、その地域に出る魔物の強さと仲間たちのレベル、そしてなにより重要なのは戦闘での各人の配置だ。
隣が誰になるかで条件がかなり変化するのは否めない。
「それで前列だけど…」
少し考えるように言葉を切ったリーダーを思わず見入ってしまう。
今まではどこに配置されても同じと思っていたぶん、この時ほど彼女が真剣に続く言葉を待ったのは初めてだったかもしれない。
得意とする武器の性質から前列の三人は決まったも同然だから、後は並ぶ順番だけ。
「今回はビクトール、バレリア、フリックの順で頼むよ」
その言葉に彼女の肩は自然と軽くなる。
これでもし希望通りでなかったら、どう言って変更を申し入れるべきかずっと考えあぐねていたのだ。
しかし、幸運にも今回はアイツの隣になれた。
『今度こそ!』
決意も新たに彼女は顔を上げる。
不本意にも借りのようなモノを作ってしまった相手。
そうと悟られないよう借りを返すには、戦闘中にさりげなく助けてやるのが一番だろう。
「無理は禁物だよ。バレリア」
ポンと肩を叩いて笑いかけてきたリーダーに「わかりました」と微笑みながら、強く強く心に誓う。
『今回でケリをつけてやる』
それでアイツとの関わりはキレイに精算するのだ、と。
しかし、その数刻後、同じような決意を胸にガッツポーズをとった男がいたことまでは彼女も知らなかった。
*
「…で?」
刃が唸りを上げて風を切るような激しい戦闘中に、少年がため息混じりに言葉を継ぐ。
「フリック、君はどう思う?」
前列からじりじりと後退しつつ振り向いたフリックは、棍の端を地面について寄りかかる少年の姿を見つけて苦笑した。
「どうって…さすがにまだ死にたくないとは思うけどな」
いつでも反撃できるように剣を構えてはいても、それが何の役に立つのかはフリックにもわからなかった。
ただ少年のようにキッパリ『無駄な行為』だと構えを解いてしまうには、すぐそばで繰り広げられる戦闘は苛烈すぎる。
「真ん中じゃなかっただけマシだと思うけどね」
その声から同情のカケラも感じられないのは、少年が前回の経験者だから、だろう。
「本当に仲間に切られるなんて冗談じゃない」
「わかってるなら、あいつらを一緒にするなよな。リーダー」
思わず、しみじみとしたため息なんてものがこぼれてしまう。
「実力があるのは確かだろ。上手く使えば、かなりの利益が出るんだよ」
少年は年に似合わぬそんなセリフを吐きつつ、もどかしげに舌打ちした。
「上手く使えれば、な」
それが出来れば苦労はないだろう、とフリックも少年の視線を追いながら眉をしかめた。
ほんの数メートル先、そこには砂を蹴立てて魔物に立ち向かう二人の剣士の姿があった。
力強さを感じずにはいられない腕の振りと、時に小賢しいほどの細やかな技巧を見せる彼らはまさに一級品の戦士だ。
そう、その戦う姿を見ているだけならば。
「てめえっ…バレリア!!でしゃばるんじゃねえッ!!」
「でしゃばっているのはキサマだろう!?ビクトール」
「あっ、今のはオレサマの獲物だろーがッ」
「魔物相手にオレサマがどうのと言ってる場合かッ」
どうしてもというなら名前でも書いておけ!
「んだと、てめえッ」
今にも掴み合いを始めそうな険悪ムードにも関わらず、まずは目の前の敵からだとばかりに隙のない動きで魔物を叩き切ってゆく。
それがハタから見ていると絶妙のコンビネーションに見えるから不思議だ。
「まあ、口の悪さはいただけんが、こっちは楽で助かるというものよ」
しわがれた老婆の声にちらりと目を向ければ、地面に座布団を敷いたヘリオンが茶を飲んで一休みしているところだった。
「たまにはこうして戦いを観察するのも悪くないものだ」
「師匠、それで良い案は出ましたか?」
ヘリオンの向かいにあぐらをかいて座り、菓子をつまんでいる師ににっこり微笑みかけながら少年が問う。
「うむ。ほおっておくのが一番の得策と出たぞ」
「そうですか」
弟子の恨めしげな視線もなんのその、平然としていられるのはさすが師匠としか言いようがない。
しかし、いくら前列二人で敵を皆殺しにしているとはいえ、戦闘中にここまでくつろぐってのは問題じゃないか?やっぱり年をとると、いつ死んでもいいと悟れるものなんだろうか。
『俺は御免だぜ』
こんなところで死んでたまるかッ!
そう思うのだが、今の状況はそんな希望にとって実によろしくないモノだ。
「なんでアイツらはああなっちまったんだ」
元々仲が良かったわけではないが、同じ解放軍の仲間として戦う協調性はあったハズだ。
それなのに、あれではもはや協調性云々を語るレベルではない。
「邪魔だっつってんだろッ」
「もっと効率よく動けばいいだろう!」
彼ら二人の目にちゃんと他の仲間が映っているのかも怪しい。
こんな滅茶苦茶な戦い方をしていたら、どこかで大きな落とし穴に引っかかりそうだ。
「いったん帰って、メンバー組み直した方がよくないか?」
「ん…ああ?」
はっきりしない応えに振り返ると、棍で地面に図を書いていた少年が顔を上げるのとかち合った。すっきりした表情からすると、何らかの結論が出たらしい。
指導者が賢いというのは喜ぶべきことだが、フリックは素直に喜べなかった。
「帰るんだよな?」
もう一度肯定を求めて確認する。しかし、彼の恐れていたとおり少年はあっさり首を振ったみせた。
「せっかくだから、別の配置も試してみよう」
やっぱり、という思いと共に、戦慄とも呼ぶべきモノがフリックの背筋を駆け上る。
「次の戦闘から、頼んだよ。フリック」
「ちょっと待てっ」
説明されなくても、無情な少年の意図がわかってしまうのは長いつき合いのおかげだろうか。
「無理だとわかったら、また考え直すから」
計算高い目は”無理だと判断する基準”なんて考えてくれているとは到底思えないほど冷徹で。
一瞬、目の前に棺桶の幻が見えた気がしてフリックはよろめいた。
「すごく気が進まないんだが…」
唸るように呟くフリックの正面から、有無を言わさぬ笑顔が告げる。
「これ、リーダー命令だから」
頑張ってよ、と他人事のようにひらひら手を振る少年の後ろから漂う静かな威圧感に、フリックは顔をしかめた。誰が何を言おうと関係ないが、『リーダー命令』の一言には逆らえない。
「…了解」
ひどく気が進まなかった。絶対に嫌だとも思う。
が、やれるだけのコトを試してみるのは実際、悪くない案なのだ。
『しかしなあ…』
自分の両脇にビクトールとバレリアの二人が剣を構える。
それは狂犬まがいの闘犬に囲まれているのと似てないか?
これまでも同じ配置で戦ってきて、安心感を覚えたコトはあっても危機感なんてモノを感じたのは初めてだった。
『とにかく、今回の目標は…』
目標は…と呟き、フリックはため息をこぼした。
『生きて帰るコト、だな』
なんだかひどく情けない気がするのは気のせいだろうか。
「向こうに行けと言っているッ!」
「てめえがどけッ」
いつの間にか、手足での応酬まで加わっている二人の様子にフリックは目眩を覚えた。
こいつらはどこまでバカなんだ!?
っていうか、ガキか!?
「更正させる必要アリ、だ」
ちょっと今までとは見方を改めるべきだな、と思う。
そうして、彼は思い切りよく雷の紋章を頭上にかざしたのだった。
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