【葡萄】
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 爽やかな朝の食堂で、解放軍のリーダーは何人かの名前を挙げて、その日の優先事項を告げた。
「昨日、葡萄が山ほど手に入ってね。一部をジュースやワインにしようって話になったから君たちに手伝ってもらいたいんだ。ああ、でも午後からの作業になるから昼食後、外の広場に集まってくれ」
 その呼び出しを受けた一人として、『こりゃまた面倒くさい話だ』と思っていたビクトールは廊下を歩いていて、外から聞こえてきた笑い声に目を向け、ぽかんと口を開けた。
 窓から見下ろした先には風呂くらいに大きな木製のたらいが置かれていた。中には山ほどの葡萄が敷き詰められ、それを女の子たちが素足で踏みつぶしながら、きゃあきゃあ騒いでいる。
 いったい何をやってるんだと眼が点になったが、その様子は実に楽しそうだ。
 なにより、汚れてもいいようにみんな短いズボンを履いて、白い足を惜しげもなくさらしているのだから、思わず立ち止まって見ている男どもの口元も締まりない。
 それはビクトールにしても同じ。たとえ相手が守備範囲外のお子さまだとしても、それはけっこう見応えのある光景だった。
『しっかし、まさかこれでジュース作るってか』
 確か、村娘たちが踏むことで葡萄からワインを造っている村の話を聞いたコトもある気はしたが…。
『こんなんで上手くいくのか?』
 と、そこに−−−
「カシオス、音楽をお願いできるか?」
 聞き慣れた声が聞こえてビクトールは目を剥いた。
 慌てて視線を巡らせれば、少し離れたところでやわらかな髪をきちんと結い上げたバレリアの姿があった。その格好はまるで運動選手のように半袖のシャツと短パンだけ。
 滅多にないというどころか、こんな太陽の下ではおよそ初めて見るその軽装にビクトールは言葉を失う。
「バレリアさん♪早く早く〜」
「みんな、滑らないように気をつけるんだぞ」
 そう言って、バレリアは用意されていた水で足を清め、ためらうことなく葡萄の海へとふくらはぎの半ばまで沈める。
 いっそあの葡萄になりてえ…と埒もないコトを考えるビクトールの前で賑やかなアップテンポの調べが流れ始め、女の子たちは左右にいる相手の腕を取り、輪になって踊り始めた。
 もしかしたら、踊る練習はすでにしてあったのかもしれない。飛び跳ねるタイミングや足の出し方が揃っていて実にさまになっている…というか、ひどく可愛い。
 それはそこに混じっている恋人の姿にしても例外ではなく…。
「だー…」
 見事に悩殺された一人としては、そこから動くこともできず、しまりのない顔を隠すように手で覆ったのだった。


「さて…」
 食堂の壁際に山と積まれた酒樽。
 その一つに手をかけ、少年はにこやかに言葉を続けた。
「今年は葡萄が豊作で、おいしいワインが多く手に入ったのは喜ばしいことだけど。未成年は飲酒厳禁。あと、飲める人もほどほどを心がけてほしい」
 そんな注意をしても、本来、気をつけるべき人間ほど聞き流しで、効果は無に等しいところである。が、シンと静まりかえった夕食前の食卓で、少年はそれ以上、重ねて忠告する無粋なマネはしない。
「連絡は以上だ」
 そう言って、酒樽を解放する。
 しかし、そこに近づく者は意外にも少ない。それもそのハズ。食堂にいる大半が、まるで怖ろしいモノがそこにあるかのように酒樽から視線をそらしているのだ。
 その一人であるビクトールは目の前の料理を凝視したまま、一心不乱の様子で食べ物を口に詰め込んでいる。
 しかしながら、席を立ったバレリアが戻ってきて、新酒を注いだグラスをことりとテーブルに置いたのを見た瞬間、彼の手はぴしっと凍りついた。
 精彩を欠いていた顔色をますます青くしながら、彼は慌てて口の中の物を飲み込む。
「おまえも飲むか?ビクトール」
 うまいぞ?といつもの冷静な口調で言われ、ビクトールは鼻と口を大きな手で塞ぎながら、恨めしげな眼を向ける。
 責める視線であったが、バレリアはまったく動じない。そのうえ、平然な顔をしつつも、わずかに唇の端が震えているのにビクトールは気付いて唸った。
「てめえ…ッ!しぶとくしつこく恨んでやるからな、バレリア。あんな…」
 あんな、と呟き、彼は吐き気をこらえるように口と今度は胸を押さえた。
 しかし、バレリアはといえば、
「効果があったようでなによりだ」
 と笑って言いながら、甘い芳香を漂わせる酒を遠慮なく口に運ぶ。
 そこから目をそらしつつ、
「トラウマになったらどーしてくれんだ…」
 うめくように言うビクトールの声はいつになく弱々しい。
「実験に多少の犠牲はつきものだ。成果がこれなら、そう悪くないだろう?」
「てめっ…」
「飲む気になったか?」
 がばっと勢いよく顔を向けたところで目の前にグラスを差し出され、ビクトールは大きくのけ反った。
 バレリア曰く。
「前々から気になっていたんだ。ほら、村娘にワインを造らせる村があるという話を聞いたことがあるんだが、それがどうして娘でなければならないのかってコトだ」
 男の方が体重もあるし、足の面積も広いし、効率が良いのではないか、と。
 しかし、だからといって、なぜこうなるのか!?
 ビクトールとしては涙が出そうになるのだが、それもこれももう一人の影の人物を考えれば、納得せざるを得ない。
 目の前に山ほどの酒があって。
 砦での風紀の乱れを危惧する事態が訪れた時、バレリアの単なる疑問は答えを求めて実現したのだ。
 つまり、とりわけ大柄な(しかも酒好きの)男たちが集められ、葡萄を踏みジュースを作るという作業の開始。
 午後からのそれは午前中の光景とは天国と地獄ほどの差があった…とは誰のセリフだっただろうか。それに関わった当の本人は、まさに地獄の責め苦なみの体験をしたといえるのだが…。
「てめえ、ぜんっぜん悪かったと思ってねえだろ…」
「すまん」
「そこで謝んなッ。ああくそッ…今夜は絶対、あの夢見るんだぜ!?」
 ごつい男どもの輪舞。
 それがちらりと頭をかすめて、心底ゾッとする。
 考えないようにしていたが、ここにきて本気の本気でぞわぞわドキドキとビクトールの胸は騒いだ。その時、
「わかった、わかった。責任取ってやるから安心しろ」
 ふいにそう笑いかけられ、ビクトールの息が止まる。
「せ、責任…?」
「そんな夢など見ないようにしてやる」
 この、時には悪魔のように意地悪な恋人にむやみやたらな期待は危険だった。
 あとで手ひどい痛手を被る可能性もあるとわかっていながら、それでも、ビクトールは甘い夢を見ずにはいられない。
 しかし、続くバレリアの言葉に甘さなどカケラもなく。
「たぶんこうなるんじゃないかと思って、たまっていた仕事を引き受けておいた。今夜は眠るヒマもないくらい忙しいぞ」
 事務的で、実務的。
 かなり残酷な言いぐさにビクトールは本気でテーブルに突っ伏した。


 しかし。
 次の日には早くもけろりとした顔でワインを飲むビクトールの姿が見られたという。
 トラウマ克服にはその意地悪な恋人が一役買ったとか、買わないとか。
 真相のほどは誰も知らない。 
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END




*後記**
足で踏んでワイン作り〜♪
これはスレイヤーズの映画からの発想なのですが、想像したらイタイですか?
怖いですか?(笑)
幻水1でどんなメンバーが集まるか考えるとけっこうスゴイですけどね!
私はけっこう可愛いんじゃないかと…。
ナマの実物見るわけじゃないし(笑)。

さて、この実験の結果ですが。
男性陣の作った分はより強く圧力がかかったぶん、渋みもプラスされ、女性陣のモノとは味が違う!ってなことになると思います。
味については好みの問題だから、商品としてはOKだねっ(笑)。
この辺のコトは川原泉さんの「美貌の果実」(白泉社)を見ての予想です。