【栗】
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 栗、栗、栗…
 ざるや篭からこぼれてテーブルの上まで転がっている。
 食堂の中でも窓際の明るい席で、繰り広げられるのは栗の皮むき大会だった。
「おいおい、いくつむきゃいいんだよ」
 まだ始まってそれほど経っていないというのに、うんざりとした言葉がこぼれる。
 そのわりには小さな栗の皮をナイフで剥く彼の作業は手慣れていて、感心するほど早い。無骨で大きな手に似合わぬ器用さだった。
 その横で、無言のまま単調な作業を繰り返してたバレリアが短く答える。
「言うな。ビクトール」
「だってなあ…」
「おまえだって、栗ご飯が食いたいと言っていただろうが」
 砦で生活する百人以上の栗ご飯を作るために用意する栗。…正確には一人で二、三人前をたいらげる奴がいるのだから、その栗の量も半端ではない。
 食事のまかないはコック二人のほか、当番制で手伝いが入るが、今回はそれでも手が足りないらしい。協力を求められ、ちょうど手の空いていた彼女たちのほかにも数人がこうして手伝うコトになった。
「こういう時のために栗の皮むき機でも発明しやがれってもんだぜ」
 どうせ文句を言ったって仕方がないのだから、黙って手を動かせばいいものを、口を動かし続ける男が一人。
「ああ、絶対夢に見るぞ。むいてもむいても減らねえ山積みの栗をオレは一晩中、むき続けるんだ」
 繊細なオレサマの神経にゃ限界だと嘆く手振りに、近くにいた少女がぷっと吹き出す。
「そういう夢、見たことあるの?」
「おお、あるぞ。芋の皮むきとか、魚の鱗取りとか」
 なぜか自慢げに胸を張り、「目が覚めたらすげえ疲れてんだよなあ」と付け加える。
 繊細という言葉には同意できなくても、そんな夢を見て唸っているビクトールの姿がおかしさにバレリアも口元を緩めた。
「どうせ見るなら松茸狩りの夢にしておけ。香りが良い」
「ああ?」
 怪訝な顔をするビクトールに彼女は少し意地の悪い笑みを閃かせる。
「この間、誰だったか松茸ご飯を食べたいと言っていたが、砦の人数分の松茸となればたいした数だろう。山の中で探すのも大変だ」
「げえっ…まさか、マジで松茸採りに行かされたりしねえだろうな?」
「秋の山の散策だと思えばいいじゃないか」
「ちょっと待て!そんな話、出てんのか!?」
 松茸百本も探すのか?と本気で青ざめているビクトールにバレリアも吹き出した。
 懸命に笑いを抑えようとしているが肩が震えている。ついでナイフの先も小刻みに震えて皮むきも止まっている。
「冗談だ。ビクトール」
「てめえの冗談は冗談に聞こえねえからタチ悪ィんだよっ!」
 そう言ってぶちぶち愚痴っていたビクトールは、ふと何かを思いついたかのように「おっ」と声を上げた。
「そうだな、松茸狩りでも栗拾いでもおまえが一緒なら行ってもいいぜ。バレリア」
 あっけらかんと言い放たれた言葉。
 しかし、誰が聞いてもノロケ混じりとわかる言葉に栗むきの音がぴたりと止まり、奇妙な…そう、実に気まずげな沈黙が降りた。
「どうせ夢見るんでも、そういう夢の方がいいよなあ。そう思わねえか?」
 バレリアの手からころりと転がり落ちた栗が音を立ててテーブルを跳ねる。
 な?と覗き込んでくる視線の他にも、肌を突き刺すような視線を感じるのは気のせいではあるまい。
 気を抜けば顔まで真っ赤になりそうな気がして、バレリアは全身全霊で平静を装うコトに務めた。
『こいつはーッ』
 それは彼女の冗談に対するビクトール流の仕返しに間違いなかった。
 が、こういう言葉を冗談で受け流すには一瞬のタイミングが命取りになるわけで。
 うっかりそのタイミングを失したバレリアは腹を括って、怒る代わりににっこりと笑顔を浮かべた。
「ビクトール」
 気軽さを装った声がほんの少し座っていたのは愛嬌だ。
 ギクリと身構える相手を見つめる目が笑っていない、なんてのも些細なコト。
「おまえがそんなに仲間想いだとは思わなかった」
「…ああ?」
「松茸狩りに行きたいと自分から言い出すとは感心した」
 ビクトールが本気で息を呑む気配が伝わる。
「おいっ、そいつは…」
 ちがうだろーが、という反論を途中で遮るバレリアの笑顔は無敵だった。
「私が一緒なら、いいんだろう?」
「…………」
「実は松茸じゃないが、キノコ狩りの話は実際に出ていたんだ」
 本決まりにしてもらおうと言い切り、作業を再開するバレリアの横で、墓穴を掘ったビクトールはもはやグウの音も出ない。

 バレリアvsビクトール戦。
 『二勝一敗 勝者バレリア』

 意義を唱える者などない、誰の目にも明らかな勝敗であった。
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END




*後記**
本当は「2」のエピソードを書きたくて始めた「栗」なので、予想外の作品になりました。
バレリアさんはいつも冷静を心がけてるものだから、ビクトールのからかいに対してもスイッとかわしてみせます。二人きりなら遠慮なく、素直で直球な返事を返して相手を骨抜きに(笑)。←別に意図してではないのがミソ!

人前でべたべたが苦手…というか、周りから見て見苦しいモノと思って避けているバレリアさん。もちろん恥ずかしいってものありますが。
そんな彼女がビクトールのからかいをかわせなかった時どうするのか?
今回はこうなったのですよ(笑)。