| 【栗・2】 |
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| こげ茶色にぴかぴかした栗と、きれいに皮が剥かれた栗とを目の前に彼らは黙々と作業を続けていた。 最初は軽口をたたき合ったりしていたが、一人で三十個も皮を剥く頃には誰も話をしなくなっていた。そして、今、いったい自分が何個皮むきし終えたかなんていうのは愚問の極みだろう。 窓から入ってくる明るい景色と爽やかな風が唯一の救いだと感じながら、手を動かす。 と、その時、厨房の方からすさまじい悲鳴が響いた。 絹のようなと形容するなら、絹十反ばかりまとめて引き裂くほどの声量である。 誰もがドキリとして腰を浮かしかける。 仲間しかいない砦の、しかも厨房の中で敵など出るハズないとわかっていても、気になるほどの声だった。しかし。 「虫ーーーーーッ!!いやあああっ」 続く叫び声に、がっくりと肩を落として椅子に座り直す。 どうやら厨房を手伝っていた少女の一人が、苦手の虫に出くわしたようだ。 もしかしたら、皮を剥く途中の栗の中から出てきたのかもしれないが、それにしてもすごいの一言に尽きた。 「たかが虫くらいで…」 「あー、びっくりした」 「寿命が縮むかと思ったぜ」 ぶつぶつ言いながらも、作業を再開すべくナイフを握り直す。 その横でバレリアがいきなり椅子を立った。 「すまないが、すこし席を外す」 「え?」 誰もが怪訝に目を向けるなか、すぐさま異変に気付いたのはビクトールだ。 「おまえっ、手ぇどうしたんだ!?」 白いハンカチできつくしばった左手に目が釘付けになる。しかし、当の本人はいたって平然としたものだ。 「驚いた拍子にちょっと切った。手当してもらってくる」 小さくため息をついて、淡々と答える。 しかし、ちょっと切った…というのが嘘であるコトは誰の目にも明らかだった。見る間に血を吸った布が真紅に変わり、赤い滴をしたたらせる。 「た、大変ッ!」 「悪いが、誰か布を持っていたら貸してもらえないか。床を汚してしまう」 相も変わらず冷静きわまりない態度に、見る者は安心を通り越して呆れてしまった。 そこで呆れなかったのはただ一人。 「このっ!バカ野郎ッ!!」 怒鳴りつけると同時に彼はバレリアを抱き上げ、走り出していた。まさに驚くほどの素早さである。誰も言葉を挟む隙がない。 「ビクトール、私はちゃんと歩けるんだが…」 「てめえは黙ってろッ!!」 「しかし…」 「うるせえッ」 遠ざかってゆくそんなやりとりが切れ切れに聞こえる。 そして、残された者たちは何もなかったかのごとく栗の皮むきを再開。 結論。 バレリアvsビクトール戦 『二勝二敗 引き分け』 「帰ってこないね…。二人とも」 「逃げたな」 「逃げたにきまってるわ!」 ふんと鼻を鳴らして一人が断言する。 しかし。 「でも、そのほうがありがたいけどな」 ぽつりと呟かれた言葉には、そこにいる誰もが頷いたのだった。 至言。 『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ』 …的な危険と。 『痴話喧嘩は犬も食わない』 …的な状況に関わりたがる物好きはあまりいないというコトなのかもしれない。 |
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| END |
| *後記** 「栗の中から虫〜」 このネタをやりたくて書いてみました。ほかでも共通するのですが、 『叫んで虫が消えるなら、叫ぶが…』 『痛いと言って傷が治るなら、言うが…』 ってなのがバレリアさんなので、そういうトコロで足りない部分をビクトールが補ってくれるんだよね。羨ましいことです♪ でも、我が家でもあるコトだけど。 たとえば、あの憎らしい虫とか出た時に「ぎゃー」と叫びまくる人がいるのですが。 叫んでそいつが消滅してくれるんならいいけどさっ! それか、助けに来てくれる人がいるならいいけどねっ! 叫ぶより、ぶっ叩くのが正当な処置だと思うのは冷血ですか?(笑) |