| 【四つ葉】 |
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| 「「あっ!!」」 その場にいた誰もがその瞬間、小さく声を上げ、息を呑んだ。 「おっと悪ィな」 見事な体躯でドンとぶつかってきた男がいつもの気楽な口調で謝る。 いつもならそれで見逃してもらえるハズの出来事も、この時ばかりはちがった。 「ちょっと待ってよ!」 固い声で言うと同時に勢いよく服の裾を引っ張られ、油断していた男の体が大きく揺らぎ、たたらを踏む。 「うおっ…なにすんだよッ」 ちゃんと謝っただろーがと睨み返そうとして、彼は息を呑んだ。 「テンガアール…?」 長い赤毛を綺麗に三つ編みした少女が強い眼差しで彼を睨み上げていたのだ。 それだけならまだいい。 問題は、少女の目に涙が浮かんでいることだった。 大きく盛り上がった涙の滴は今にもあふれてこぼれそうだ。 つまりは、どうやら自分がこの気丈な少女を泣かせるという悪行を働いたコトになってしまうわけで。 彼は焦った。 「ちょ、ちょっと待てッ!なにがどーなってこうなる!?」 服の裾を掴まれつつも、半ば逃げ腰状態の男を恨めしげに見上げ、少女は自分の足元を目で示した。そして、床に置いていた足を片方、ゆっくりと持ち上げる。 その靴の下から姿を見せたのは緑色の−−−− 「なんだ…?クローバー…?」 よれよれにひしゃげた植物を拾い上げ、少女は押さえた声で言う。 「ただのクローバーじゃない。四つ葉のクローバーだよっ。ぼくとヒックスで何時間も探してやっと一つ見つけたんだからッ」 「だからってオレは関係…」 関係ねぇだろーが、という言葉を彼は途中で飲み込んだ。 肌に突き刺さるような周囲の視線は紛れもなく彼の非を責めていて。 深く考えなくても、自分がぶつかった拍子に少女が持っていた四つ葉を落とし、踏んでしまったのだろうというコトくらいは想像できた。 『たかが四つ葉のクローバーくらいでッ』 という思いも、この状況で言っては自分の首を絞めるだけだと理解する。 「ビクトールって本当に粗忽だよね」 明るい声で、にっこり笑顔を浮かべながら近づいてくる少年の姿を認め、彼は我知らず半歩後退っていた。 「わ、わざとじゃねえぞ!」 「うん。それはもう十分すぎるくらいわかってるから」 だったら、その手に持ってる棍はなんだと顔を引きつらせるビクトールにやはり少年は笑顔のまま、 「四つ葉のクローバー、見つけるまで帰ってこなくていいから」 座った眼差しでそう告げた。 -*- 赤い夕日が緑の野原を赤く染める。 視界いっぱいに群生するクローバーを見つけることは簡単でも、その中から四枚の葉を持つものを見つけるとなれば至難の業。 『よくもまあ、こんなコトしようと思うぜ』 といつも思い、また今でさえそう思いながら、せっせと赤く見える葉をかき分ける男の背中にはかすかに哀愁が漂う。 三葉でなくていいのなら、六葉とか八葉とかいう変わり種もあったが。 やはり、『幸運のお守り』とかいう噂話をくっつけるには四つ葉でなければならないのだろう。 指定されたのは『四つ葉のクローバー』なのだから。 いっそ六葉から二枚引きちぎって四葉にしてしまおうか、と考えないでもないがバレた後が怖すぎた。 「こりゃ夕飯抜きだな…」 はーっとため息をついた時、どこか遠くから声が聞こえた気がした。 それが自分の名を呼ぶ声で。 良く聞き慣れた声だと知り、急いで立ち上がる。 「おーい!こっちだ」 「ビクトール!こんなところにいたのか」 遠慮なくクローバーの群れを踏みわけ、亜麻色の髪を乱して駆けてくる。 「こんな奥まで一人で入ったら危険だろう」 息をきらせてそんな小言を言う相手にビクトールは肩をすくめた。 「仕方ねえだろ。湖のほとりでちょっと探せばあると思ってたのに見つかりやがらねえんだからな」 「それはおまえの探し方が下手なんだ。さ、急いで帰るぞ」 「帰るぞって…バレリア!テンガアールの四つ葉、見つけてねえのに帰ったら半殺しにされちまうだろーが」 「ああ。その話は聞いてる。四つ葉ならもう見つけた」 ビクトールの腕を引き、歩き始めながらバレリアがあっさりした口調で応える。 そんなことより迫る夕闇の方が気にかかるといった様子だったが、ビクトールの方は納得がいかない。 「どういうことだ?」 怪訝そうに顔をしかめるビクトールにバレリアは苦笑して、 「つまりだな。おまえが砦を出た後で、暇な者たちで四つ葉探しをしてみようかという話になったらしい。気軽なゲームみたいな感じで…私が参加した時にはお互い見つけた数を競い合っていたが」 「なんだとお!?」 それはなんだか理不尽で気にくわない成り行きではないか。 憤慨するビクトールをなだめるように「まあ、いいじゃないか」とバレリアは笑う。 「そのおかげで砦に帰る許可が出たんだから。今頃、テンガアールは集まった四つ葉で首飾りでも編んでるんじゃないかな」 「そんなに見つかったのか!?」 「う…ん?まあ、私も三つ見つけたかな」 「三つ…」 その事実に少々ショックを受けているらしいビクトールを振り返り、バレリアはもう一方の手を差し出した。 「二つはテンガアールにあげてしまったが、これはおまえに」 ビクトールの目の前に四枚の葉をつけたクローバーが掲げられる。 「バレリア…」 「たかが植物の葉、とおまえは言うだろうが、これで何か良いコトがあったならそれはそれでめでたいだろう?」 それに、と悪戯っぽく笑ってバレリアは言葉を続けた。 「四つ葉の一つも見つけられない不運なヤツでも、コレで少しは運が良くなるかもな。四つ葉のクローバーといえば『幸運のお守り』らしいからな」 ひどく驚いた様子で目の前のクローバーを凝視していたビクトールはふいに片手で顔を隠すように覆い、横を向いた。 夕焼けの中ではその顔が赤いのかどうか見てとることはできないが、「まいった…」という小さな呟きはバレリアにも聞き取れた。 「ビクトール…?」 珍しく照れていたりするのだろうか? 不思議に思って見上げるバレリアの前でぶつぶつと悪態らしきものを呟いていたビクトールは手を顔から腰のパウチに移動させ、中から小さな何かを取り出す。 「…一つは見つけたんだ」 ぼそりと小声で言って、差し出された大きな手のひらに小さな小さな四つ葉のクローバーが一つ。 「どうせなら二つ見つけて、一つはおまえにと思ったんだが…」 四つ葉のクローバーが『幸運のお守り』だなんて噂を信じているわけではない。 信じてはいないが、別にあるなら持っていても悪くないだろう、くらいには思う。 しかし、彼が唯一見つけた四つ葉はバレリアが見つけたものに比べればずいぶん小さく貧弱に見える代物で。 「しかしこいつじゃ…」 いくらなんでも役に立ちそうにない、とビクトールが言う前に彼の手の平から小さな四つ葉のクローバーは消えていた。代わりに置かれたのはバレリアの持っていた四つ葉。 目にも留まらぬ早業をあっさりやってのけた美女は小さなクローバーを痛めないようにそっと手で包み込んだ。 「ありがとう。ビクトール」 屈託のない笑顔にビクトールも照れくさそうに頭を掻いて、笑った。 「こっちこそ、ありがとう、だ」 そうして再び歩き出しながら、彼らはたわいのない会話を重ねる。 「でもあれだな。一時間で三つ見つけたものより、半日かけて一つしか見つからなかった、その『一つ』というのはとても貴重な感じがする」 「そりゃそーだろーよ」 「しぶとそうな強運がくっついてそうだと思わないか?」 「おまえに言われるとそんな気がしてきた。返せ」 「イヤだ。返さない」 「一時間で三つも見つけられる幸運の持ち主にゃ、必要ねえだろーが」 「ひがむな」 「ひがんでねえ」 「じゃあ、私ので足りるなら『運』くらい分けてやるから」 「どうやって?」 「それが問題だな。手を繋いでるくらいじゃ無理か?」 「なんだよ、そりゃ。無理だろ」 「無理か」 「無理だ」 「そうか。困ったな…」 「おい、困るほどのことじゃねえだろ」 「うまい解決策があるのか?」 「うん?だからだな…」 囁きに、ほんのわずかに間を置いて囁きが返る。 それを聞けるのはただ一人、最高の幸運の持ち主だけにちがいなかった。 |
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| END |
| * 後記 * 甘々〜♪ ここまでなる予定ではなかったんだけどなあ。 四つ葉のクローバーに『力』があるとは信じてないんですが、それを探し出す根気とか努力とか執念とか考えると見つけた後のソレにはなんか『力』ある気がします。 カタバミとクローバーをよく取り違えると知ったのは漫画「あさりちゃん」からでした(笑)。 |