| 【うたた寝】 |
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| 窓から吹き込む爽やかな風に髪が揺れる。 暑くもなく、寒くもないその心地よさに思わず目を閉じるとそのまま意識さえ手放してしまいそうになる。 『いけない、いけない』 自室の机に向かい、書類の束を処理していたバレリアは頭を振った。 窓際のそこはやさしい春の日差しにあふれ、また静かに凪いだ空色の湖が眼下に臨める場所であった。 たとえ戦いの最中であっても訪れる平穏な時間と光景を目の当たりにして自然と気持ちが弛んでしまう。 心地よい眠りに誘われてしまう。 そして、ひどく幸せな気持ちを味わわずにはいられない。 『春眠暁を覚えず、か』 その言葉をなるほどと思えるくらい穏やかな陽気だった。 しかし、そうと感じるコトのできる心のゆとりを持てない人間も世の中にはいるかもしれない。解放軍に入ったばかりの頃、前へ進むコトに焦りばかりを抱いていた自分がそうであったように…。 『本当に…私は幸せ者だ』 頼りになる仲間たちがいて。 立ち止まるコトを許し、自分を支えてくれる者がいるというのは。 とても穏やかな気持ちになれる事実だった。 だからこそ、大切なそれらを守るために。 『頑張らないとな』 胸の内で呟き、彼女は改めて気合いを入れ直すようにペンを握る指に力を込めた。 - * - ノブを回してドアを開ける。 たとえ誰の部屋であろうとノックすることなく入り込む男はいつもどおりの遠慮のなさで同僚兼恋人の部屋を訪れた。 窓際の机で、亜麻色の髪を風に揺らしている相手はいつものコトと思っているのか、とりたてて反応を返さない。 「おい、バレリア。こっちに回ってきた書類なんだが…」 無造作につかまれた書類がシワだらけになっているのも気に留めず、ビクトールはバレリアの方へと大股に近づきかけ、ふっと立ち止まった。 やわらかな光が差し込む部屋は穏やかな沈黙に包まれていた。 バレリアの手に羽根ペンが握られているのは見えているが、それが動く音はない。 ビクトールは小さく苦笑し、今度はできるだけ気配を消してそっと窓辺に近づく。 『やっぱり、な』 ペンを握り、書類に途中まで文字を走らせた姿のまま、バレリアは眠りに落ちていた。 これだけ陽気がよければ仕方がないか、と思う。 気持ちよさそうに目を閉じている横顔に手をのばしかけ、彼はやめた。 やわらかな頬に触れる代わりに、机上に残る書類の束を取り上げる。 紙片がかさりと音を立てたがバレリアが目を覚ます気配はなかった。 その様子にビクトールの口元は自然とほころぶ。 まるで苛烈な炎のように戦場に立つ彼女も美しく、魅力的ではあったが。 そんな彼女がひと時とはいえ、穏やかな時に身を委ね、こうして静かに安らいでいることが彼はうれしかった。 そして、こんな隙だらけの姿が当たり前のモノとして見られる立場にいる自分が少し誇らしく、やはりうれしかった。 『今日だけだからな』 春の日差しのようにやさしい気持ちで囁く。 そうした気持ちでいられるコトに幸せを感じながら、彼はそっと部屋を出た。 後からドアの下に差し込む紙片には短い一文を。 『お返しを期待してる。by.ビクトール』 しかしながら、この言葉にバレリアがどんな”お返し”を用意したかは定かではない。 |
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| END |
| * 後書き * この季節モノ部屋のなかではちょっと異質な出来となりました。シリアスほのぼの♪ ごく当たり前の、何気ないひと時に幸せを感じる。 そうあれるコトがなにより幸せなんだと思うのですよv |