| 【微熱】 |
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| 日差しすら焼けつくような夏の午後。 いつもどおりに長袖、詰め襟の軍服を着込んだバレリアは書類を小脇に挟んで靴音も高く、早足で廊下を突っ切っていた。 ほんの少しばかり切羽詰まっているような、そんな雰囲気を感じないでもないが、その顔つきは平然としたのもだ。 そんな彼女の襟元の留め金が外れているコトに何人の人間が気づいただろう。 しかし、それもまた周囲の気温を考えれば当然というか、長袖の軍服を汗ひとつかかずに着込んでいる方が不自然なくらいで。 バレリアにしては珍しい衣服の乱れを、誰も気に止めはしなかった。 そう、たった一人の男を除いては。 「バレリアッ!」 見つけたぞっ、とばかりの大声に彼女はびくりと肩を震わせた。 そのまま声がしたのとは反対方向に駆け出すが、数メートルも行かないうちに相手に捕まり、彼女はため息をついた。 「しつこいぞ。ビクトール」 「てめえが逃げるからだろーがッ」 怒りも露わに睨みつけてくるビクトールに、負けじとバレリアも睨み返す。 「私は今日、忙しいと言っただろう」 腕を掴んでいる手を振りほどこうとするがびくともしない。 それどころか、残っていたもう一方の手が唐突に額へと伸ばされ、それを避けるように彼女は体をひねった。 しかし、この時ばかりはビクトールの方がうわてだった。そうなることがあらかじめわかっていたかのように掴んでいた腕を引き、隙の出来たバレリアを彼は難なく壁へと押しつける。 「−−−−−往生際が悪ィぞ。バレリア」 相手を逃すまいと間近に迫って耳元で囁くビクトールに、ハタから見ればかなりマズイ光景にちがいないとバレリアは眉をひそめた。 「私は平気だと言っているだろう。信じないのか?」 憮然と言うバレリアにビクトールもまた苦虫を噛みつぶしたような顔になる。 「信じられるわけねえだろーがッ!!」 てめえはウソツキなんだよ! その言葉にバレリアもムッとしながら、開き直った。 「多少の嘘は必然だッ」 ビクトールの頬がひくついた。 「じゃあ、認めるってんだな?」 「……………」 「熱、あるんだな?」 「……………少しだ」 小さな呟きにビクトールは眉を上げて、ずいっと顔をバレリアの顔に寄せる。 反射的にバレリアが身構えた瞬間、額と額が触れ合った。 「ウソだな。すげえ、熱出てんじゃねえかよ」 「……………これくらい、」 なんともない、と言いかけて、見据えてくる眼光の鋭さにバレリアは続く言葉を飲み込んだ。 「今日はもう休め。リーダーにはオレからそう言っとく」 視線とは裏腹にやさしい声。 思わず頷きそうになる自分を押しとどめ、バレリアは苦笑する。 「そういうわけにもいかないだろう?」 ため息混じりの囁き。 「動けないほど病が重いというならまだしも、ただ熱があるだけでほかに支障はないのだからな」 思考が鈍いとか。 走ったり、抗ったりする力が衰えているとか。 そういうコトは棚に上げて、「支障はない」と言い切ったバレリアにビクトールは唇を歪めた。 「動けないくらい重病ならいいんだな?」 声が低い。 「ビ、クトール…?」 嫌な予感に。 熱のせいではなく肌を伝う冷たい汗に、バレリアは顔を強ばらせた。 素直に言うことを聞いておけばよかったと後悔するには少し遅かったかもしれない。 「おまえの言いたいコトはよ〜くわかった」 「−−−−!?」 容赦なく腕を引かれてバランスを崩した体が、軽々と抱き上げられる。 その力強い腕をはねのける力を今のバレリアは持たなかった。 「ビクトール…?」 おそるおそる見上げる先でビクトールはニヤリと意地の悪い笑みをこぼしたのだった。 夏の日差しにも負けるコトなく。 ぴっちり詰め襟を上まで留めたバレリアが暑さに負けて倒れたのはそれからほどなくしてのコトだったという。 |
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| END |