| 【髪】 |
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| 「ちょっとくらいいいだろ?なあ」 後ろからついてくる相手にバレリアは眉間にシワを寄せたまま、ため息をついた。 「うっとおしいぞ。ビクトール」 周囲の高い気温もなんのその、絶対零度の凍えた声で突き放す。 仕事の途中で邪魔されている彼女の不快指数はかなり高かった。 しかし、こんなコトで引いたりしないのがビクトールだ。 「ちょっとだけだって。な」 言って、彼はむんずとバレリアの髪を掴んで引き留めた。紐で一つに結んであったから掴みやすかったというのもあるだろう。 が。 「嫌だと言っただろう!ビクトールッ」 あからさまに非難の声を挙げるバレリアに構わず、ビクトールは彼女の髪を留める紐を解く。 こぼれた髪一筋が頬にかかりバレリアは顔をしかめた。それだけで、感じる気温と体温が1℃は上昇した気がした。 しかも暑苦しくまとわりついてくる男のおかげでさらにプラス1℃。 「いいかげんにしろ!」 バレリアは相手を振りほどきにかかったが、ほんのすぐ後ろでがっちり髪を握りしめらていては動くこともままならない。 ここは骨折覚悟のひと蹴りをお見舞いしてやるか?と本気で危ないコトを考える。 しかし、その耳に飛び込んできたのは、 「ほんのちょっとの間だって」 「な、せっかく練習したんだぞッ」 「一回、やらせてくれるまでは絶対離れねえからな!」 という、たたみかけるような言葉の群。 「ああもうっ、うるさいッ!耳元で騒ぐな」 しかも後ろから体温の高い相手にぎゅううっと抱きつかれて、バレリアは息が詰まりそうになった。ビクトールの体温が何度かなんて、この時ばかりは考えたくもない。 「わかったッ」 わかったから、離せ! と、彼女は切羽詰まった声で怒鳴った。 すぐさま解けた拘束に、しかし、早くもバレリアは汗だくだ。 思わず恨みがましく見返すものの、やはりビクトールがこたえた様子はなく。 「よし、オレにまかせとけ!涼しくしてやるからなっ」 バレリアにとっては本末転倒、とうてい理解しがたいコトを彼は満面の笑みで言ってのけだのだった。 数十分後。 「あ、れ?バレリア、珍しいじゃないか」 通り過ぎざまにそんな声をかけられ、バレリアは立ち止まる。 何を言われたのか気づいている彼女の顔はほんのり赤く、少し不機嫌そうにも見えた。 「器用なんだな」 感心したように向けられる視線の先にあるのは、綺麗に編み上げられた髪。 彼女はあいまいな笑みでその場を濁し、そそくさと逃げ出した。 本当は誰が髪を編んだかなんて言ったりしない。 「全然、涼しくないじゃないか。ビクトール」 赤く火照った首筋に手を当て、彼女は呟いた。 |
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| END |