白くて小さな花弁を持った花たちが揺れていた。
 歩くたびに伝わる振動を受け、こそこそ囁くように花びらが擦れ合う。
 そんな可憐で可愛い花に私は目を細めた。
 涼しげな水色の花瓶に生けてあるおかげか、とても清涼感を感じる。
 これなら見る者の気持ちを安らげてくれるインテリアとして申し分ないだろう。
 …と思うが。
 私は小さくため息をついた。
 ゴミ溜めのように散らかった部屋に置いてもそうかというと自信がない。
『お手数をおかけして申し訳ないのですが、これをビクトールさんのところに届けてくださいませんか』
 そう頼まれて、特に断る理由が思いつかなかった。
 まあ、別に花を届けるくらいかまわないのだが、どうしてわざわざ私に頼んでくれるのか。
「…余計な世話だと思うが」
 ビクトールと私の仲があまり良くないことは砦の中でも知れ渡っているコトだった。
 それを心配する者もいれば、逆に面白がる者もいる。彼らの最終目的は違うが、事あるごとに私とあいつを接触させたがる点で行動パターンが共通していた。
 花を手渡した女性がどちらに属しているかまではわからないが、面倒なコトにはかわりない。
 うーん…。
 まあ、少しは−−−いや、けっこう私も悪いんだが。
 そもそもの原因はあいつにあるわけだし。
 ……………。
 ………。
 いや…全部、私が悪いのかも、と思ったりもするのだが。
 こういうことは考えても仕方がないというか。
 なんだか、まともに考える気になれない。
 そんなことをつらつら考えているうちに私はビクトールの部屋の前まで来ていた。
 人の部屋を訪れる時はノックするのが常識とわかっていてもこの部屋だけはちがう。ノックなどして悠長に返事を待っていたせいで、まんまとあいつに窓から逃げられて以来、私はノックをやめた。
 そして、鍵のかかっていない扉を遠慮なく開ける。
 なんとなく中の様子は見当がついていた。
「ビクトール」
 真っ先に目を向けた先、ベッドの上で大の字になって眠る男が一人。
 やっぱり、寝ていたか。
 まだ夕食が済んで一時間しか経ってないというのに。
 こいつはほんっとうにうらやましいくらい健康的な生活だな。
 十分すぎるほど食って寝て運動して。
『……………子供みたいじゃないか』
 良い夢でも見ているのか幸せそうな寝顔をしている。
 それに…。
 いつも思うがこいつの腕は太くて固そうで重そうだ。
 手強い魔物でも真っ二つにするほどの力がここに隠されている。
 そういえば。
 この間、窓から落ちかけた時に軽々と抱きとめられたこともあったか。
 ……………。
 ……。
 はっ。
 なんだかぼーっとしていたか?
 疲れているのだろうか?
 最近の私は少し緊張感が足りない気がする。
 本を読んでいたくらいで近づいて来た気配に気づかなかったのもどうかしていたとしか言いようがない。
 ビシッと気持ちを引き締め直さなければ。
 それはそうとして。
 こいつも、緊張感がなさすぎる!
『敵を前にして眠り続けるなんていい度胸だ』
 戦場で戦う者なら周囲の気配に敏感であるべきだろう。
 まあ、休息の場である自室でまでそれを強要するのは酷だが、二度三度と名前を呼んでも起きないのはさすがにマズイと思うわけだ。
 ……………。
 こほん。
 いや、まあ今日は一回しか声をかけてないが。
 なんというか、本当のコトを言ってしまうと………これはちょっとしたタテマエ、だな。
 私はこの呑気な顔を見ていると妙〜に憎らしくて、ついつい何かしてやりたくなるのだ。
 鼻をつまむとか。
 だらけた頬を思いっきり引っ張るとか。
 分厚い本を枕の下に突っ込んでみるとか。
 そんなことをしても目覚めないから、逆にすごいと感心してしまう。
 そして、気づけば、ドキドキするスリルを楽しんでいる自分がいたりする。
『今日はどうするかな?』
 無遠慮すぎる相手に「遠慮」の文字は無用だ。
 手に持った花瓶の花を見下ろし、私は秘かにほくそ笑む。
 こんなに散らかった部屋ではインテリアとして役立ちそうにないが、少し配置を工夫すればかなりインパクトのある仕上がりになるかもしれない。
 どうせやるなら、すごく驚いてもらわないとな。
 そうじゃないと苦労する意味がないというものだ。
 私は真剣に頭をひねりながら、満足のいく趣向を凝らす。
 こんなことをやっているようではビクトールと仲良くなれる日、なんて来るかどうかも怪しいものだ。
 まあ、別にビクトールは嫌いじゃないが仲良くしたいと思っているわけでもない。
 だから、こういうコトをやめようとは思わないし、思えなかった。
 なにより明日の朝が楽しみでわくわくしてしまう。
「おやすみ。ビクトール」
 今はぐっすり眠るがいい。
 怒るにも体力は必要なのだから。
 おまえが呆れて私の相手をしてくれなくなるまで。
 それまでは。
 思う存分楽しませてもらうとしよう。
 おまえみたいに面白いヤツとはそうそう出会えないだろうから、な。

 そんな秘かな呟きは、ビクトールが聞いたら烈火のごとく怒りそうで。
 簡単に想像できてしまったそれに笑いをこらえるのはかなり難しいものだった。



 END