| はあっ。 思わずため息がこぼれる。 時は夕刻、場所は砦から遠く離れた街の食堂。 俺はひどく憂鬱な気分で皿の上のメインディッシュをフォークでつついた。 しかしまあ、今、俺が憂鬱なのは別にあいつらのせいじゃない。俺の右に座ったビクトールは使い切った体力をいっきに取り戻そうとするかのように料理をむさぼり食ってるし、左側のバレリアも向かいに座ったリーダーと話が弾んで穏やかなもんだ。 危険な位置ではあるが、一緒のテーブルにリーダーがいればそうそうひどい騒ぎにはならないだろう。 気力体力の無駄遣いなんてしっかり者の彼が許すはずないからな。 「ほんっとにおいしいね♪ メグ」 「うん。これが一番好き」 「えー、あたしはこっちがいいな」 「ミーナはあっさりしたのが好きだよね」 そんな和気あいあいとした会話が目の前で交わされる。 今回のパーティメンバーはいつもと違い、まだ幼さの残る少女二人が加わっていた。いつもより平和なのはそのおかげもあるかもしれない。 大人げないってのはやっぱり恥ずかしいもんだしな。いい年してんだし…。 『はあっ』 俺は目の前の皿にでんとのっかった物体をじいいいっと見下ろした。 それは巨大キノコの丸焼き!だった。 茶色のどでかい傘がいい具合に焦げて芳ばしそうな匂いを漂わせる。 うまそうな匂いだ。そうでなくても腹は減ってるし、口に入れたら美味いことだってわかっている。 それでも…。 「んあ?フリック、食わねえのか?」 料理をほおばり、もぐもぐ口を動かしながらビクトールが言う。 「なんだ?まさかキノコが嫌いとかじゃねえだろ?」 その、まさかだよっ。 黙っている俺にビクトールは少し驚いた顔をした。 「冗談だろ? 今まで平気で食ってたじゃねえか」 そう、別に食えないわけじゃない。嫌いといっても、ちょっとしたガキの頃の嫌な思い出のせいで気が滅入る程度のものだ。 だからこそ、今までだって食べ残したことなんてなかった。が。 手のひらくらいある巨大キノコが相手となるとかなり気が滅入るというか、かなり食傷気味。 そうでなくてもこの街の名産はキノコだとかで、料理もキノコづくしだってのに…。 「フリックさん、キノコがきらいなんですか?」 そんな問いかけに俺はこぼれかけたため息を慌てて飲み込む。 正面に座ったメグの大きな目が『どうしてキノコなんか嫌いなんだろう?』と不思議そうにしているのを見て、俺は恥ずかしさをなんとか苦笑で誤魔化そうとした。 いい年して食べ物の好き嫌いなんて、なんだか立場がないじゃないかっ。 「ちょっと苦手なだけだよ。メグ」 「キノコってカロリー低めだからダイエットにいいのに」 ほっそりと身軽そうなスタイルをしたミーナが言う。 「使う調味料とか気をつけないと元も子もないけどね」 「ミーナってばホント、そういうのくわしいよね」 感心したようにメグ。そこにビクトールが割って入った。 「こいつにゃダイエットは必要ねえさ。それに苦手だってんなら、逆に吐くほど食ってみるのも一つの手だと思うぜ?キノコ漬けが癖になるかもな」 『こいつっっ!!』 ニヤニヤ笑うヤツに俺は嫌〜な予感を覚えた。 そんな俺の前で片手を上げて、ウェイトレスに向かって口を開けるビクトール。 キノコの追加注文をする気だと俺が取り押さえにかかるより、ほんのわずかに早く、 「それはおまえの経験を元にしての言葉か?ビクトール」 静かな声が響いた。 「バレリア…?」 俺は椅子から腰を浮かしたまま、振り返る。 そこにはいつもどおりに泰然と構えたバレリアがいた。 「経験がなんだって…?」 訝しげに眉を上げるビクトールに、彼女はくすりと笑う。 「おまえにも嫌いな食べ物くらいあるだろう?」 やや上目遣いに揶揄するような視線。 俺の−−−いや、仲間全員の目がビクトールに向いた。 ヤツが食べ物を残したところなんて、俺は出会ってから一度たりとも見たことがなかったし、何かの料理を前に手が止まったところだって見たことはない。 意地汚いくらい食欲旺盛なこいつに嫌いなもんなんてあるのか!? 俺だけでなく、みんながそう思ったにちがいない。 「オレサマに好き嫌いがあるかよ」 ヤツは動じることなく不敵極まりない笑みを浮かべてそう言いきった。が、対するバレリアも冷静な表情を崩しはしない。 「今日の料理に入っていただろう?気づかなかったのか?」 「−−−−!?」 反射的に自分の皿を振り返るビクトール。 誰もがその時、『あっ』と思った。 そう、ビクトール自身もそうだっただろう。 みるみるうちに顔を真っ赤にして、ヤツは悔しげに唇を噛んだ。 「だましやがったな。てめえっ」 何が嫌いかはわからないまでも、反応したってことは何か嫌いな食べ物がヤツにもあるってコトだ。 「引っかかる方がどうかしている」 無情な一言。 「んね、メグは何が嫌いなんだと思う?」 「うーん、なんだろね。やっぱり野菜かな」 ひそひそ、こそこそ。 ビクトールのこめかみに浮かぶ血管の数が増える。 「野菜なんてえもんに怖じ気づくオレサマかよっ」 言って、俺が注文した野菜ジュースのコップを奪い取り、ヤツはそのまま勢いよく喉に流し込んだ。 その時、そんなヤツの様子をじっと見ていたバレリアがさらりと爆弾を落とす。 「そのジュースに入っているのを知っていて一気飲みとは、感心する」 まさに不意打ちだった。 一瞬、何を言われたかわからない様子で動きを止めたビクトールが、喉を鳴らした。 「んぷっ、ぶーーーーっ」 うわっ、汚ねえっっ! 被害に遭ったのがビクトールの皿だけで済んだのは幸いだ。 「な、なんだとっ!?」 「それにはアレが入っているはずだが」 緑色のしずくを顎から滴らせるビクトールに、眉をしかめたバレリアが無言のままナプキンを差し出す。 ビクトールはそれをひったくるようにして口元を拭うと、 「アレ、だとお!?てめえはなにを根拠に…」 「ちなみに一昨日の夕食にも出ていた」 バレリアは鋭い目で相手を見据え、そう言いきった。 ビクトールの顔がぴくりと強ばったところをみると−−−−−−マジかよ。 「よくわかったな。バレリア」 今の今まで黙って傍観を決め込んでいた少年が感心したように、そして少し楽しげに口元を緩めて言う。 バレリアはたいしたことじゃない、と告げるように淡く微笑む。 「観察の結果です。態度の微妙な違いでわかります」 「か、かんさつだとお?」 引きつりを通り越して、ひっくり返った声が言う。 ”観察”ねえ。 俺としちゃ、ガキの頃に育てた植物とか昆虫とかを思い出す言葉だな。 しかし、そいつはビクトールにしても同じだったようだ。 「オレはカブトムシかなんかかよッ!!」 バレリアは冷静すぎる目でビクトールをじっと見返し、 「カブトムシよりは行動パターンが多いと思うが」 そんなすごいコトを言ってのけた。 『ぐげっ』 バレリアはなんというか…その、本当にヤツを怒らせるツボを心得ている。 こうなると次にくる言葉はもう決まったも同然だ。 「てめえ、表に出やがれッ!」 こいつは本当に単純バカとしか言いようがない。 対するバレリアは余裕綽々で、 「今は任務遂行中の貴重な休息時間だ。リーダーの許可が下りれば、受けて立とう」 そう言って、少年を見た。 『あれ?』 いつもなら、このまま剣をひっつかんで命がけの斬り合いに発展するってのに。 珍しく他人に決定権を委ねる言い方に俺は首を傾げた。 見交わす視線で何を語り合ったのか、少年は小さく吐息をついて言う。 「食後の軽い運動ってことなら許可するよ」 彼の言葉はけっこう重い。リーダーだからってのもあるだろうが、実際、ビクトールでさえこの少年には逆らえない。 「では、私は先に広場に行っているからな」 「なんだと!?てめっ…」 「リーダーは食後の、と言われたのだ」 見てみれば、早くもバレリアの皿は空になっていた。まあ、注文した量が違うのだから当然かもしれないが、ビクトールの皿には野菜ジュースのトッピング付き料理がまだ残っている。 「では、一足先に失礼します」 猛然とした勢いで料理を食べ始めたビクトールを残して、椅子を立つバレリア。 俺は慌てて声をかけた。 「おいっ、バレリア!約束は覚えてるな!?」 「心配しなくても大丈夫だ。フリック殿」 くすり、とほんのかすかに楽しげにも見える笑み。 いいかげん、俺にもわかってきていた。 バレリアのヤツはわざとビクトールを怒らせているらしいってコトに。 『ま、飽きねえヤツだけどな』 だが、からかうってのはわかるような、わかりたくないような複雑な気分だ。 「ふぉひひょうはまっ、だっ」 彼女の姿が戸口から消えると同時にガタンと椅子が鳴った。 口いっぱいに料理をほおばったまま、バレリアの後を追って食堂を飛び出してゆくビクトール。 「ビクトールさんのきらいな物ってなんだろうね?」 「そうねえ。ピーマンってのはありがちよね」 さすがというか、平然と食事を続けるメグたちはヤツらの闘いなんて気にもならないらしい。やっぱり慣れちまってるせいか? そして、リーダーの少年はというと…。 「約束って?」 彼もまた事態を楽しんでいるような、そんな顔をしていた。 「ん、ああ。…約束、か」 俺がバレリアに、それからビクトールにも押しつけた一方的な約束というか、宣言。 「言ってやったのさ。好きなだけ闘ってもいいけど、もしどっちかが死んだり怪我したら俺が責任とって腹かっさばく、ってな」 肩をすくめて笑う俺に、少年も笑う。 「脅しだね」 「脅しさ」 「別に君がそこまでする必要ないと思うけど?」 「だけど、一番効果的だろ?」 それだけは自信があった。他人の命がかかってたら、ヤツらもそれなりに手加減するっていうか、理性が飛ぶコトはまずないだろうしな。 …と俺が思っていられるコトが一番重要だったりするわけだ。 「あ、ビールを一杯頼む」 『え?』 そこにないはずの声が聞こえた気がして、俺は目をしばたいた。 「ただいま帰りました」 「バ、バレリア!?」 ついさっき広場へと出ていったはずのバレリアがこっちのテーブルに近づいてくるところだった。 「もう決着がついたのか!?」 いくらなんでも早すぎるじゃねえかっ。 「まさか。そこの曲がり角でビクトールを行き過ぎるのを待って戻ってきた」 ってことは、ビクトールのヤツが広場に着いてもバレリアはいないわけで。 怒り狂って戻ってくるんじゃねえのか!? 「ど、 どうすんだよっ!?」 大惨事到来!? 顔から血の気が引く俺の前に、ウェイトレスが運んできたビールが置かれる。 「きっと走ってきて喉が渇いているだろうから、目に付きやすいところに置いておいてくれ」 「なんだよ。ビールで怒りを和らげようってつもりか?」 そうそう上手くいくとは思えねえが……………って。 「バレリア、その薬はなんだ?」 俺は思わずジト目でバレリアを見てしまう。 「眠り薬だ。明日も長い距離を歩くし、今、無駄な体力を使うのは得策ではないだろう?」 ほんっとにもっともらしい説明だとしか言いようがない。 「それに今夜はこれからリーダーとの予定が入っているからな」 「ま、そういうことなんだよね」 罪悪感のカケラも感じさせずに言い放つバレリアに少年。 まさか、計画的犯行か? いったいどこから!? 俺は時々、空恐ろしくなる。 もしかして仲間の中で一番繊細な神経してるの俺じゃねえかと思うわけだ。 でも、まあ…。 「どこかに出掛けるのか?」 俺はくだらない考えを苦笑で押しのけ、発想の転換とやらを試みる。 「戦陣の組み方について、バレリアの講釈を聞いてみたくてね」 「私は小規模部隊での実戦が主体だったから、それと書物からの応用になるが」 「それでも今の僕には必要なことだからね」 「へえ、面白そうだな」 いろいろ問題もあるが、ま、こういうたくましい生き方ってのも悪くないよな。 「店の主人には多少の荷物が床に転がっていても大丈夫なように交渉しておいた」 「はは、は…」 なんか明日の朝が怖い気もするが、この二人がいればなんとかなりそうだ。 それに。 『こんな美人に弄ばれるなら本望ってもんだろ?ビクトール』 せいぜい鍛えられて強く賢くなってくれ。 俺に言えるのはもうこれだけだ。 「メグたちはどうする?そろそろ部屋に戻るかい?」 「うん。おなかいっぱいになったら眠くなっちゃった」 「あたしもー」 「部屋に上がったら着替えてすぐ眠るといい」 「フリック」 「ん?」 「興味あるなら、僕の部屋に来なよ。ただし、あいつがコレを飲み終わったのを見届けてから、な」 俺は思わず笑っちまう。 そうだな、こういうのも悪くない。 「ああ。わかった」 たとえ爆弾を抱えていても、これだって平穏な時間に数えていいはずだ。 それが長い観察の果てに得た俺の結論なのさ。 END |