厚い雲の切れ間から月の光が降り注いでいた。
 それはまるで闇にひかれた淡い色のカーテンのよう。
 そのなめらかでやわらかな輝きに思わず見惚れてしまう。
「さっさと窓を閉めろよ。グレミオ」
 寒いじゃないか。
 その言葉に彼はふと我に返り、慌てて窓を閉めた。
「すみません。ぼっちゃん」
 あたたかいお茶を入れ直しますから。
 ちょっと待っていてください。
 そう言い残し、熱い湯をもらいに部屋を出る。
 そうして駆け足でゆく廊下の窓からも、美しい月が見えていた。


 また見惚れて足を止めてしまった自分に気づき、彼は小さく笑う。

 月の光を美しいと思うなんて。
 昔の自分ならあり得ないコトだろうに。



 そして、遠い昔の。
 戦場にいた頃に見上げた月を思い出す。
 敵から身を隠す時、月光は自分にとって邪魔な存在であり。
 闇の中に何が潜んでいるか知る時には有益な存在となった。
 ただそれだけのモノ。


 美しさも。
 やさしさも。
 感じたコトなどなかった。



「遅いと思ったら、こんなところで何をしているんだ?グレミオ」
「あ、す、すみません。ぼっちゃん」
 自分を見上げる少年の吐く息は白かった。
「すぐに戻りますから」
 お部屋で待っていてください。
 今度こそ、お湯を手に入れて急いで戻らないと。
 当初の目的を思い出し、踵を返した彼の腕が引き留められる。
「え?」
「ほら、これ」
 戸惑う彼の肩に無造作に投げかけられたのは一枚のマント。
「お茶は別に急がなくていい」
 おまえのことだからな。
 慌てて走ってこぼしでもしたら、元も子もないだろ。
 少年はどこか怒ったような口調と眼差しをしてそう言った。
「…わかりました。ぼっちゃん」
 それならいい。
 短く呟き、背を向けた相手に彼はそっと笑みをこぼす。




 月の光の美しさを知った夜を。

 やさしさという感情を知った刻を。

 言葉にならぬ感謝の想いと共に。


「私は今でもちゃんと覚えているんですよ」


 それは誰の耳にも届かぬほどに小さな囁き。




 END