「ああ、ああ!どうせ俺がみんな悪ィんだよッ」
「それがわかったなら、次から同じ過ちは繰り返さないことだ」
「−−−ッ!てめっ、そういう言い方ねえだろーが!」
「では、なんと言えと?」
「あのなあ!オレは別にこんな本読みたかねえんだよッ」
「…………」
「マッシュの野郎が読んどけってうるせえから…」
「それはこの場合、関係ないだろう?理由がなんだろうと貸してくれと言ったのはおまえだ」
「そいつはそうだがっ!だからってなにも枕の下に入れる必要ねえだろーがッ!!」
「必要はないが、ある」
「ああ?」
「いくら砦の中だからといって、部屋の鍵を開けたまま無防備に眠りこけるというのはいささか問題があると思わないか?」
「んなもん別にオレの勝手だ!」
「刺客云々などとは言いたくないが、部屋に入ってきた人間の気配にもまったく気づかなくてどうする」
「き、昨日は訓練で疲れてたんだよっ」
「こんな分厚い本を枕の下に突っ込まれても朝まで気づかないくらいに、か」
「…っ」
「そんな様子でおまえは敵の不意打ちに対処できるのか?」


 朝の爽やかであるはずの食卓で行われる口論。
 よどみない口調で淡々と事実を述べるバレリアに対して、ビクトールは感情的な答えしか返すことが出来ないでいた。
 どっちが有利かなんてわかりきったことだが、相手を巧みに追い詰めるバレリアの様子はいつも慣れたもんだと感心する。もしかしたら、彼女が部下をしかる時がこんな感じなのかもしれない。
「…証明してやろうじゃねえか」
 こぶしを小刻みに震わせたビクトールが、呪いの言葉を吐きそうなくらい低い声で言う。
「証明?」
 ふっと笑うバレリアは見ようによっては、相手をせせら笑っているようにも見えた。
 そういう態度がなあ、単細胞のこいつをますます怒らせるんだよ!!と俺は声を大にして言いたい。
 が、そんな基本的な注意はもうすでに何回も言ってきたコトだった。
 精神疲労で思わずテーブルに突っ伏しそうになった俺など無視して、二人の会話は進む。
 そうだな、これもある意味『二人の世界』っていうヤツだろう。幸せそう、なんて言葉とはぜんっぜん無縁の状態だが。
「おまえに何の証明ができる?」
「オレが敵の気配を察知できないほどボケかどうかだ」
 来た来た来たっ。
 結局、こう来やがるか!ちくしょう。
 発作的な頭痛と吐き気をこらえる俺の耳に「おもてに出やがれッ」というセリフが飛び込んでくる。
 まあ、ビクトールがバレリアに口で勝てる日なんて一生ない気がするが。
 でもだからって、最後は剣で決着をつけるってのは毎度のことながらワンパターンだと思うぞっ。
 しかも真剣使って命がけの勝負をやるってのが、見てる側からしたらどれだけ心臓に悪いか、おまえらわかってるか…?
「おまえら、いい加減にしろよ!」
 全身にぴりぴりと緊張の糸を張りながら、俺は押し殺した声で言う。
 そう、これこそが俺の日課だった。一通りの決着がついたところで二人の仲裁に入る。それが、いつの間にか定着してしまった俺の役目。
 別に好きでやっているわけじゃないが、野次馬は数えきれないほどいながら、仲裁役が一人もいないってのはやっぱり困るじゃないか。
 なぜって、俺はこいつらがあのおっそろしい真剣勝負するのを見たくないんだよッ!!
 どっちが死んでもおかしくない斬り合いは見ていて寿命が縮みそうになる。かといって、見ずにいるのも心配で心配で胃が痛くなってくるのだ。
 ホントに悲しいくらいに心配性っていうか、苦労性っていうか、お人好し…?
 なんかけっこう情けないかもしれない。
「おまえらに朝っぱらから騒がれるのは迷惑なんだよ」
「おまえには関係ねえだろうが、フリック」
 こいつは〜! よくそんなコトが言えるぜ!!
 いっつもなんやかやと巻き込んでくれるくせして、そう言うか。
 俺は頭に血が上りそうになるのをぐっとこらえる。
 我慢だ我慢!ここで俺まで熱くなっちまったら、どうなることか。
「別に相手をしてやってもいいが…。ビクトール」
 あくまで冷ややかに響くバレリアの声に俺の熱も一瞬、引く。
「朝食は食べなくていいんだな?」
 あ…。
 がばっと壁の時計を振り向いたビクトールにつられるようにして、俺も目を上げた。
 集団生活の規則の一つとして、朝食時間も決められている。それを過ぎれば料理はすべて下げられ、片づけられてしまうのだ。
 そして、時計の針はあと十分ほどで朝食終了、という時刻を示していた。
 いつの間に!…っていうか、くだらない言い合いをしているうちに時間が過ぎたのは確かだ。
「うう…」
 ビクトールが呻きながら、よろめいた。これまでの気迫が一気にしぼみ、ウソのように薄れる。
 メシは食いたいが、敵に背中を見せたくはない。
 そんな心の葛藤が手に取るようだ。が、よろめく足は明らかに料理の用意されたテーブルの方へと引かれている。
 よっぽど腹減ってんだろうなあ。
「鴨の照り焼きが美味しかったな」
 呟くように言うバレリアに俺は少し驚いた。
 どうやら彼女はこれ以上、争いを続ける気はないらしい。こんな簡単に彼女の方から、ケンカを切り上げる方向に動いてくれるのは実に珍しいことだ。
 しかし、ラッキーなことにはかわりない。
 このチャンスを逃がしてなるものかッ!
 俺は尻馬に乗るようにして、
「香草のパスタもけっこう種類あったなあ。ほら、前におまえが美味いって食いまくってたヤツもあったぞ。ビクトール」
「パスタといえば、朝釣ったばかりの魚を使ったと聞いたが、気づいたか?フリック殿」
「そうなのか?魚のヤツがあるのは知ってたが、なんかそれ聞くと惜しい気がするな」
「ぐううっ」
 唇を噛みしめ、じりじりと後ずさるビクトール。限界は近い。
 とどめとばかりに俺は言う。
「まだ残ってるといいけどな。もうないかもなあ…」
「バレリア!」 
 俺の言葉を遮るように声を上げたビクトールは、バレリアを睨みつけてビシッと指を突きつける。
「すぐ戻ってくるからなッ!逃げんじゃねえぞ!!」
 そんな捨てゼリフを最後にくるりと背を向け、勢いよく走り出す。
「…………」
 うーん…、なんとも情けないヤツだ。
 救いようがないというか、マジでフォローのしようもないぜ。
「それではフリック殿、私は失礼させてもらう」
 椅子を引く音がして、バレリアが立ち上がる。
 まあ、ビクトールのあんな言葉を真に受けて待つヤツはいないだろうが…。後始末はやっぱり俺がするハメになるのか。
 斬り合いを見るよりマシとはいえ、ため息が出るぜ。
「今日はやけにあっさり引くんだな」
 疲れた声で言う俺に彼女は小さく笑う。
「朝の運動は魅力的だが、そうそう続いてはフリック殿も大変だろう?」
 なっ…!?
「バ、バレリア…?」
 朝の運動って。
『うそだろ、おい』 
 あまりのことに俺は呆然としてしまう。
 ま、まさかアイツとのやりとりを楽しんで−−−!?
 いやいや、まさか。
「お先に」
 食器の載ったトレイを持ち、きびきびした足取りで去ってゆくバレリアを俺は呼び止めることができなかった。
 なんて言えばいいのかわからない。
 もし、わざとアイツを怒らせてる、なんてコトになっていたら怖すぎるじゃないかっ。
 今のところ冷静なバレリアの善意ある対応−−−そう、彼女の寛容さだけが救いだってのに。
「ちくしょうっ!もうこれっぽちしかねえのかよ!?」
 ビクトールの大きな声が食堂に響く。
 ホント、うらやましいくらいおめでたいヤツだよ、おまえは。
 不吉すぎる考えに額を押さえて、俺はため息をつく。
 別に冷たい朝食を食べるくらいなら我慢しよう。だから。
『どうか俺に平穏な時間を返してくれ!!』
 叶うことなら、ため息をつくのが日課になっちまう前に。
 頼むぜ、ホント…。



 END