| 相手の喜ぶ顔が見たくて。 聞くべき言葉はもう決まっていた。 「何か欲しいものはあるか?」 ただそれだけのコトなのに。 その言葉を口にすることもできない。 そんなのはアリだろうか? 途方に暮れて、彼女は一つの扉をノックする。 「たびたび悪いんだが、フリック殿」 あいつがどこにいるか知らないか? 自室で本を読んでいた青年は訪問者に気づき、苦笑した。 「なんだ、知らないのか?バレリア」 「…え?」 「あいつなら昨日から外に出てるぞ」 その言葉にバレリアは思わず眉をひそめた。 「?そんな話は聞いてないが…」 「ほら、カイ師範とか格闘家の人間が山籠もりの修行するって話、あっただろ」 「あ、ああ…」 確か、雪山に入って体を鍛えるとか…。 「そう、そいつ。煩悩を払う意味も込めて、年越すまで頑張るってヤツ」 それにあいつも急遽参加することになったらしい。 「冗談だろう?」 『雪山で修行なんてバカじゃねえのか?』 話を聞いただけで、そんな感想をもらした人間がまさか…? しかし、彼女の疑心を払うほどに確信のこもったフリックの声が続く。 「いや、本当だ」 だから、砦の中にはいないのさ。 「なんの気まぐれだ?」 言葉と一緒に細い吐息がバレリアの唇からこぼれた。 「さあな。帰ってきたら聞いてみるといいんじゃないか」 「あ、ああ…そうだな」 思わぬ予定外の出来事にまだ呆然としながらも。 「本人がいないのでは仕方ない、か」 小さく呟き、彼女は雪降る窓の外へと目を向けた。 * そして、”聖夜”と呼ばれる夜が来る。 * 「なんだか、無駄になってしまったな」 相手の望むモノがわからなくて。 結局、用意したのは前に好きだと聞いたことのある酒一本。 それも一緒に飲めないのであれば、意味がない。 「まあ、別に今夜でなくてはならない理由は特にないわけだし、な」 今宵はクリスマス。 とはいえ、そう呼ばれているだけの一日にすぎない。 ベッドに入って寝てしまえば、いつもの朝がやってくる。 「そうだな…もう寝るか」 いくら待っていても待ち人が現れることはないのだから。 服を着替え、彼女がベッドに足を入れたその時、扉の外で大きな音がした。 大きなずだ袋かなにかが壁に、そして扉にぶつかるような音。 思わず眉をひそめた彼女が愛剣に手をかけた瞬間、扉が破られた。 「−−−−っ!?」 白くて巨大な塊に思わず剣を抜く。 「何者…!…っ、ビクトール!?」 視界をふさぐ相手のその姿にバレリアは目を見開いた。 彼女でさえ一瞬、シロクマかと思ったほどビクトールの全身は厚い雪で覆われていた。 「よ、よお。バレリア」 凍りついた顔で、唇だけが震えて言葉を紡ぐ。 しかし、その短い言葉を言い終える間もなく、彼は勢いよく床に倒れ込んだ。 「ビクトール!?」 大丈夫か? 床に散った雪の上をバレリアは素足のまま駆け寄る。 「どうしたんだ?」 そして、触れた頬の冷たさに彼女は眉をしかめた。 厚い防寒着を着ながらこうでは、ずいぶん長い時間、寒い戸外にいたというコトか? 「ちょっと待っていろ」 バレリアは急いで酒を取ってくると栓を抜いて、中身を自分の口に含んだ。それをそのまま口移しで相手の喉に流し込む。 二度、三度とそれを繰り返すうちに凍りついていた唇がぎこちない動きを取り戻した。 「大丈夫か?ビクトール」 「あ、ああ…」 生き返るぜ。 そんな呟きにバレリアは小さく笑った。 「それにしても何があったんだ?」 そう問うと、ビクトールは何か嫌なコトを思い出したように顔をしかめた。 「あんの野郎っ、フリック…」 「フリック殿がどうかしたか?」 「オレを雪山地獄ツアーにハメやがったんだよっ」 吐き捨てるように言う言葉にバレリアは軽く首を傾げた。 「…………それはカイ師範の修行のことか?」 「あんなもん、修行なんかじゃねえっ」 マジに死ぬかと思ったぜ。 ビクトールは全身で大きく息をつくと脱力したままに、手だけをバレリアの方へのばした。 バレリアは雪に濡れた手袋を外してやりながら冷たい手を自らの両手で包み込む。 「ずいぶん冷えている」 歩けるようなら、きちんと風呂に入ってあたたまったほうがいい。 そう言うバレリアをじっと見返して、ビクトールは「なあ」と声をかけた。 「今日はまだクリスマスだよな」 「…ああ、そうだが?」 それがどうしたんだと目で問いながら、バレリアはビクトールを立ち上がらせようと手を引く。今の彼女にはクリスマスよりも、ビクトールの体調のほうが気になっていたのだ。 しかし、続く言葉に彼女は思わず自分の耳を疑った。 「逃げ出してくるので精一杯だったんで…」 プレゼントを用意しそこねた。すまん。 驚いて顔を上げた先には本当にすまなさそうな顔をしたビクトールがいて。 「それなら私も同じようなものだ」 バレリアはそっと微笑んだ。 ああ、でもまだ間に合うかもしないな。 「何か欲しいものがあるか?ビクトール」 そう問うバレリアに、ビクトールは少し考えるように間を置いて。 「おまえはどうなんだ?バレリア」 やさしく見返す瞳にバレリアは笑みを返す。 「私の欲しいものならもう手に入れているから必要ない」 「オレもだ」 そして、彼らは互いの存在を確かめるようにキスをした。 大切な人がそばにいて。 ぬくもりを感じて。 その笑顔を見ることができたなら。 それが一番の贈り物。 「ホントにくだらねえコト聞くんだからよ」 あいつらは。 呟き、彼は月の光にグラスを掲げた。 小さな瞬きを閉じこめたそれを見つめ、彼は微笑む。 「たまにはこんな試練も悪くはないだろ?」 今宵は聖夜。 意地の悪いサンタにも祝福あれ。 「メリークリスマス」 END |