【背比べ】




幼い子供の頃に持っていた宝物。
キラキラしてドキドキして、とても特別だった物たち。
そのいくつかはなくしてしまったり、色あせたただの思い出になってしまったり。
今でもちゃんと『宝物』として残っているものは少なかった。
でも、確かに残っている。
まるで時を止めたように。
昔と変わらぬ形で。
昔と変わらぬ重さで、あたしが持っている宝物。
手で触れることができて、いつも目にすることができる場所にひとつ。
それは家を支えてくれている古くて傷だらけの木の柱だった。
横長に細く走る傷は数えきれないほどあって、傷の横には小さく3つのアルファベット。
Wがあたしで、Eがエド、Aがアルの頭文字を表していた。
そう、あたしたちは小さい頃に何度も何度も競い合うようにして頭を並べて、この柱で背比べをした。
そのせいでお互いにひどく頭をぶつけて痛い目をみたのも一度や二度ではない。
でも、誰が一番大きいのか、一番ムキになって確かめようとしたのはエドだったと思う。
『今も似たようなものね』
背比べをしなくなって数年が経た今でも、エドは身長に関してひどく神経質だった。
別にこれから成長期なんだから、そう気にしなくてもいいのにと思うんだけど。
その話になると面白いほどムキになって反応するから、ついついからかってしまうのよね。
あたしは今の自分の肩の辺りまでしかない柱の傷に指を伸ばした。
それは懐かしくて、やさしい思い出と…そして、少し苦しい気持ちを呼び起こす『宝物』だった。
もう一度、昔のようにここに3人分の印をつける日が来るのはいつになるだろう…?
つかの間、そんなことに心奪われて立ち止まっていたあたしは自分を呼ぶ声に我に返った。
『いっけない』
「忘れ物、見つからねえのか?ウィンリィ」
戸口から半身を乗り出して声をかけてきたエドの姿に、あたしは慌てて身を翻した。
片手に持っていた帽子を振って合図する。
「ごめんっ。あったから大丈夫」
今日は珍しくエドとアルの二人がうちに帰ってきている日だった。
たまには少し先の原っぱでお昼ご飯、と用意しながら、帽子を忘れたことに気づいてあたしだけ取りに戻ったのだ。
さっきみたいにいつもいつも柱の傷を見て、こんなしんみりしたことを考えるわけじゃない。
たぶんきっと、昔のように楽しく過ごす時間が少し感傷的な気分を呼んだだけ。
「早く来いよ」
「はいはいっ…と」
戸口に立っていたエドが背を向ける。
ちょうど外から差し込む日の光のせいでエドのシルエットがくっきりと浮かび上がっていた。
ふだんはあまり意識したことがなかったけれど、扉とエドの背の高さの位置加減。
こんなだったかしら?
「ね、ちょっと待って!エド」
「ああ?」
面倒くさそうに振り返るエドは『なんだよ?』とにあたしを見た。
今はもう背比べなんてしなくても、あたしはエドの身長を知っている。
機械鎧を作るための必要上、それは知っておかなくてはならないことだから。
でも…数字だけじゃ、わからないこともあるような気がした。
「ちょっとだけじっと立っててくれない?」
「はあ?なんでだよ」
怪訝そうな顔をするエドには構わず、彼の真正面に回り込んだあたしはひょいと背伸びした。
とたん、ひどくびっくりした様子で上半身をのけぞらせるエド。
「どわっ!」
「なによ、その態度。失礼ね。ちょっと顔を近づけただけじゃない」
「失礼って、おまえの方こそ何考えて…」
まるで化け物にでも出会ったように逃げ腰にならなくてもいいと思うんだけど。
…っていうか、本当に失礼なヤツ。
「あたしはただあんたの背がちょっとは高くなってる気がしたから、確かめようと思っただけよ」
柱の印の代わりに、お互いのおでこをくっつけて高さを測ってみるのは案外、名案のような気がした。
子供じみたやり方かもしれないけれど、でも、数字だけじゃホントは物足りない。
少し誤算だったのは、そのために言ったあたしの適当な言い訳に、エドが一転して目を輝かせたことね。
「ホ、ホントか!?ウィンリィ!」
「え?」
「やっぱり俺の背、ずいぶん高くなってるだろっ」
「えーと…」
確か『ちょっと』と言ったはずだけど、いつの間にかレベルアップしているところは本当にエドらしくって笑ってしまう。
「だからっ、それを確かめようとしたんだってば」
「じゃあ、もう一度!なっ」
勢い込んで言う様子は先ほどとはまったくもって対照的な様子に少しあきれてしまう。
「はいはい。じゃあ、エドはまっすぐ立っててよ」
「ああ」
まるで学校の身体測定を受ける生徒のようにぴしっと立つエド。
あたしは笑ってしまいそうになるのをこらえて、ゆっくりとかかとを浮かせた。
お互いのおでことおでこがこつんとくっつく位置まで。
ほんのすぐ近くで交わった視線に、一瞬ドキリとした。
これがエドの目線。
この位置でエドは世界を見ているんだ。
「やっぱりエド、大きくなったよね」
まるで昔のように、お互いの髪が触れるほど近い距離。
でも、浮かせたかかとの分だけ、確かにエドの方があたしよりも背が高くなっていた。
そのことに嬉しいような、悔しいような複雑な気持ちになるのはあたしがまだまだコドモだからかもしれない。
「それなりに成長してるってことよね」
「それなりにってのはなんだよ!」
「ほめてんじゃない」
「それ、ぜってーほめてねぇぞ!」
くっつき合ったおでこを力一杯つき合わせて押し合う。
でも、そんな姿は周りから見たら子供すぎて、きっと笑われてしまったはずだ。
しばらく無言で押し合ううちに、あたしたちも何かがおかしいことに気づいた。
「なあ、俺たちなにやってんだ…?」
「なにってもちろん…」
続きを言い終えるまでもなく、どちらからともなく吹き出していた。
「だーっ!まるでガキみてえ」
「ホント。おっかしー」
おなかを押さえて笑い合う。
お互いに顔が真っ赤になっていたのはきっと恥ずかしさと笑いすぎのせい。
胸の鼓動の調子がいつもと違うのも、きっと、そう。
「いいかげん、行くか」
ひとしきり笑った後で、エドが言った。
原っぱではアルとばっちゃんが待ちくたびれている頃だった。
それとももう先にお昼ご飯を食べてしまっているかしら。
「そうね」
手に持っていた帽子を被り、急いで家を出た。
ぱたんと閉じた扉の向こうで、『宝物』はまた思い返されるその時まで眠りにつく。
新しい傷と共にそれが目覚めるにはもう少し時間がかかりそうだけど。
『それまで待っててよね…』
きっと次だってまた3人分の印を刻んでみせるから。
誰に告げるでもなく胸の中で呟いて、あたしは小さく笑った。
『でも…』
古い傷から新しい傷までの距離が短い方がいいなんて言ったら、エドはきっと複雑な顔をするにちがいないわね。



END

>「おでこをこつんと」
いただいたテーマにチャレンジ☆なお話です。
なんだか本当にお子様な二人になってしまいました。エドとウィンリィの関係って微妙で難しいですね〜。
でも、これからの成長っぷりで期待大の二人ですv
ドキドキ度はこれから急上昇していくということで(>▽<)!

2004/12