【子供】




「さあて、朝ご飯がもうできるよ」
 小柄な老婆ピナコばっちゃんが目玉焼きののったフライパンを片手に振り返る。
 テーブルのそばで準備を手伝っていたあたしとアルは「こっちも準備万端!」とばかりに頷いて返した。
 鎧姿のアルが頷くと小さくがちゃんと金属のぶつかる音が響く。
 しかし、それももうお馴染みのものだ。
 目の前にはちょうど三人分の皿。
 この場の準備は完璧なようでいて、でも、実は足りないモノがひとつ。
「エドってばまだ寝てるの?アル」
 時計の時間を確かめながらそう聞くと、アルは困ったように頭に手をやって答えた。
「うーん、兄さんってば昨日も遅くまで起きてたから」
「仕方ないわね」
 いつものことだけど。
 この町に帰って来てうちに泊まる時はたいていそうだった。
 何をしてるんだか、夜遅くまで研究手帳を開いていたり、分厚い本を開いていたり…。
 『街にいる時の方がもっとひどいんだよ』なんて昼夜逆転の様子をアルは言うけれど、そんなことが救いになんてなりはしない。
 起こしてきてあげるわ、とやる気満々でガッツポーズをとるとアルが心配そうに、
「あの、ほどほどにね、ウィンリィ」
 なんて、ごく控えめに声をかけてきた。
 でも、止めはしないのよね。
 大きな体になったのに相変わらずのアル。
 その様子がおかしくてあたしはいつも笑ってしまう。
 そうして寝室の前までくるとあたしは扉の前で立ち止まって、一応、ノックを2回。
 もちろん自分の家だし、勝手知ったるなんとやらでそのまま扉を開けても良かったけれど。
 「開けるわよ〜、エド」という言葉にも返事がないのを確かめてから扉を開けることにしている。
「ホント、よく眠ってるわね」
 布団を蹴飛ばして、大の字でねむりこけている姿はあきれるほどに無防備だった。
 脇の下とかくすぐってみたい衝動に駆られるけれど、そんなことをするとめちゃくちゃ不機嫌になるのがわかっているから今日は我慢しておくことにする。
 それに、エドはなんだかしかめっ面。
 眉間にシワなんて寄せて、時々、「うー」と唸っている。
『嫌な夢でも見てるのかしら?』
 昔だったら、嫌いな食べ物に追いかけられる夢とかだったけど。
 今は違う…のかも。
「エド…?」
 少しだけ心配になって顔を覗き込む。
 体を揺すって、もう一度、今度は大きな声で名前を呼ぼうとした瞬間、目が、合った。
 ぱっと開いた瞳に自分が映っているのが確かに見えた。
 その次の瞬間。
 がつんと重い一撃。
「…ッ!!」
 何が起こったのかとっさに考えられなかった。
 突然の痛みに声も出せずにベッドの端にうずくまる。
 こつんでも、ごつんでもなく、頭蓋骨に響いた力強い一撃はエドが飛び起きたせいだ。
「いったあ」
 あまりの痛さに半分涙目になっていたと思う。
 とっさに避けられないなんて、本当に油断していたとしか言いようがない。
「ってー。なんでウィンリィがこんなとこにいるんだよ」
 やっぱり少し涙目になったエドが、少し怒ったように言った。
 エドのおでこは真っ赤になっていて、たぶんきっとあたしのおでこもそうなっていたはずだ。
「なによ。あんたがいつまでも寝てるから起こしに来てあげたんじゃない」
「ガキじゃねえんだから、自分で勝手に起きるさ」
 なんて可愛げのない言い方。
 そういう言い方しかできないくせに、どこがガキじゃないっていうのよ。
 あたしはすごく腹が立ったけれど、
「いってぇ…。こんなのいったい何年ぶりだよ」
 赤いおでこをさすってそんなことを言うエドの姿に、怒りよりも別のことに気を奪われた。
『そうよ…』
 昔はよく頭をぶつけたりすることがあった。
 小さな子供でドジだったというのもあったけれど、お互いが負けず嫌いの性格のせいで、何か競い合ったりする時はよく額を付き合わせていたから。
 それを思うと、なんだか目の前にいるエドの姿に今よりもっと昔の姿が重なって…
「なに笑ってんだよ、ウィンリィ」
「うん、なんとなく」
「はあ?」
 わけがわからねえと頭を掻くエドの様子がおかしくて、また笑ってしまう。
 ある日を境に変わってしまったことはたくさんあったけれど、今、なんとなくそれより前に戻ったような気がして少しだけうれしかった。
 でも、それはきっと告げるべきではない気持ち。
「ご飯の準備はできてるんだから、さっさと着替えて来なさいよ。エド」
 元気よく立ち上がると頭が少しくらっときたけれど、そのままなんとか不敵に笑ってみせる。
「ま、一人じゃ着替えられないっていうなら手伝ってあげるけど?」
 こういう言い方をすると負けず嫌いのエドは決まって、
「ふざけんなっ」
 と怒って返す。
 そういうところも相変わらずで、あたしはやっぱり…うれしかった。
 でも、部屋を出た後、おでこを抑えて「びっくりした…」と真っ赤な顔で呟くエドのことまでは…あたしも知らない。


END


おでこにこつん…をテーマに書きかけて、変更した簡単SSです。
なので少しまとまりが悪いのですが、おでこを真っ赤にした二人がなんか可愛い感じがしたので捨てきれず…(^^;
それにしても、「着替えるの手伝ってもらおうか」といつかエドが反撃に出る日が楽しみです♪
どっちもどうにも動き出せなくて真っ赤な顔でにらみ合ってそうですね〜v

2004/12