月のない夜は嫌い。
 |
少しずつ太くなって丸くなって、また細くなる。
そして、ついには姿を消して見えなくなる。
夜空に輝く月は一定の周期でそんな変化を繰り返す。
だからこそ、ある程度の予測は可能で、今夜は月の光の途絶える新月と呼ばれる晩だと知る。
「それでは大佐、私はこれで失礼します」
時計の針が定時の時刻を指したのを見計らい、私は朝、出勤した時から心に決めていたとおりのことを黒髪の上官に告げた。
今日も今日とていつものように半ばサボり気味にだらだらとデスクワークに励んでいた彼はそこで少し気まずげに、
「あー、中尉。この報告書に関連する資料が不足しているようなのだが…」
明日には提出しなければならない書類を片手に、そんなことを言い放った。
私は唇引き結び、静かにマスタング大佐を見返す。
『どうしてもっと早くにおっしゃってくださらないのでしょうか?大佐』
そう問い返したところで、今気づいたのだと言われるのがオチだろう。
「申し訳ありませんが大佐、私の勤務時間は…」
一歩も譲る気はないとばかりに告げようとした否定の言葉は途中で遮られた。
彼はまず最初に「本当にすまないと思っている」と口火を切った。
「第三資料室は君の縄張りも同然だろう?わたしの数倍は早く目当てのモノを見つけられると以前、豪語していたじゃないか。本当にすまないが、3年前のこれに関する当時の資料をすべて用意してほしい」
真面目すぎるほど真面目に、謙虚な態度を崩さずに言う。
しかし、こんな状況はほとんど日常的と言っていいほどによくあるコト。
なのに今日に限って私が拒否権を発動してしまうのは、ただ今夜が新月の晩だから。
「本当に申し訳ありませんが、他の者に…」
「では明日の朝一番に用意してくれるので構わない」
「………わかりました」
わかりました、大佐。
明日の朝では間に合わないかもしれないと知っていてそう言うのですね?
そんな投げやりな気持ちのままに自分の声が響くのを耳にして、私はますます不快な気分を味わった。
踵を返して、自分の机の上に置いてあったカンテラを手に取る。
まだ火のつけられていないそれも、あと数十分もすれば降りてくる夕闇に必要になるに違いなかった。本当はそうなるまでに目当ての物を見つけられれば幸いだったが…。
「よろしく頼むよ」
そんな風に言う大佐の声を背に部屋を出る。
さっさと第三資料室に行って資料を見つけ出さなくては。
その前にしっかり扉の内側から鍵をかけておくことも重要だった。
でも…。
きっと求める資料は探し出せないだろうし、室内のすべての棚を調べあげる前に鍵をかけたはずの扉もあっさり開かれてしまうのだろう。
そして、カンテラの火は消え、闇が訪れる。
そのことに対して苛立つことは山とあったが、とりあえず一番イヤなのは自分自身だと思う。
この現状について自分が本当はどう思っているのか?
その答えを出すのを先送りにしている卑怯な自分自身に腹が立った。
だからこそ、八つ当たりとわかっていても言わずにはいられない。
「月のない夜は嫌い」と。
|
|