お花見

 ぽかぽかとあたたかな陽気に見上げれば、満開の桜。
 やわらかく吹く風に淡い色の花びらがひらひらと舞い落ちてくる。
 そして、天気は快晴となれば、まさにお花見日和と呼ぶに相応しい日に、しかし、元気のない男が一人。
「大佐、なんか暗いッスよ」
 からかうように笑いかけてくる部下にもむっつりと黙り込んだまま、無視を決め込む。そんな彼の口からこぼれるのは言葉ではなく大きなため息だった。
『なんだって…こうなるんだ』
 これほどまでに花が綺麗に咲きそろったこんな日は野郎どもといるより、やはり恋人と二人きりで過ごしたいものだと心底思うし、そう思って準備だって進めてきたというのに。
 なのに…
「中尉のお弁当、すごくおいしいです」
「かー!うめーっ」
「ブレダ少尉、食べ過ぎですよ」
「いいのよ、今日は特別にたくさん作ってきたから遠慮なく食べて。でも、そのぶんお昼からは頑張ってもらうわよ」
「はい、もちろんです」
「わはってまふ」
「うわっ!口に入れたまましゃべんなっ」
「お酒が飲めないのが唯一、残念ですが」
「それは仕方がないわね。まだ勤務時間中だもの」
 …などなど、と騒がしくも浮かれた声が容赦なく耳に届く。
 そして、視線を花から少し転じれば、ほとんど毎日と言っていいほど見ている東方司令部の殺風景な建物がすぐそばに見えていた。
 その場所がどこかといえば、司令部の敷地内…外壁沿いに植えられた桜の木の下だ。この時期、桜の木々の下で昼休みを過ごす者は多く、彼ら…マスタング大佐以下の面々も今日はお花見と称してそこに参加しているというわけだった。
 並んだ木々が見事な花をつけているだけに同じようなグループがそこかしこに見受けられ、誰もが笑いながら楽しそうに食事をしている。
 例外は、ロイただ一人だ。
「大佐、あまり食べていらっしゃらないようですが。もうよろしいのですか?」
 料理の詰まった弁当箱を差し出し尋ねてくるホークアイを見返し、「はあ…」とまたため息がこぼれた。素直に差し出された料理を自分の皿に取り分けつつも彼の表情は晴れない。
 その様子にホークアイも少し眉をしかめて、唇を動かした。
『しつこいですよ』
『…仕方ないだろう』
 周囲に気づかれないように声を出さずに会話する。
『予定と違うにもほどがある』
 そう、本当ならば今頃、綺麗な桜の下で恋人であるホークアイと楽しいひとときを過ごしているはずだったのだ。
 そうなるために彼はここ数年のデータから桜の開花時期を予測し、早いうちから二人そろって同じ日に休暇を取れるように手はずを整えてきた。しかし、実際は例年よりも早く暖かくなった気候に花は予測よりも十日ほど早く咲きそろい、せっかく取った休みが来る頃にはほとんど散ってしまっているに違いなかった。
 実に恨めしい事態である。しかも、ロイとしては今年の開花予想が出た時に既に取っていた休みを誰かに交換してもらおうとしたものの、半ば強引な画策がホークアイにバレて失敗。
 結局のところ彼が夢見た二人だけでの甘いランチタイムも、桜を見ながら膝枕での昼寝もただの儚い夢で終わったわけで。それと天と地ほども差のある現状で楽しそうにしろというのも無理があった。
『せっかくみんな楽しんでいるんですよ。子供みたいにふてくされないでください』
 それは重々わかっているのだ。
 ただ、最初から部下たちとの花見会と予定が決まっていたならそのつもりで楽しめただろうが、今回ばかりはそうと気持ちを割り切るには理不尽なものがあった。
『…だまされた気分だ』
 その瞬間、確かに相手の眉が不快そうに跳ね上がるのが見えたが、隠しきれなかった不満が形となって唇に出ていた。
『君がキスしてくれると言うから我慢したんだぞ』
 それも、桜の下で。
 休暇の日にちを変更できないぶん、東方司令部内で花見をするので良いなら膝枕は無理でもキスくらいなら…と彼女はそう提案したのだ。
 だから、予定の狂った計画も諦めたし、彼女の機嫌を損ねて約束を反故されないようにと仕事とてそれなりに真面目にこなしてきた。それには司令部内での花見といえど、どうにかして二人で過ごせる時間を取るのだろうと単純に期待したというのもある。家の外で彼女の方から、なんてほとんどなかったから、それがなおさら楽しみだった。
 しかし、こんな状況では期待することすら不可能だ。
 そんなことを考えてムッとしてしているロイにホークアイは呆れ混じりのため息をこぼすと、少し調子を変えるように、
「だましたつもりはありませんが、今がよろしいのですか?大佐」
 にっこりと明るい笑みを見せた。
 とはいえ、鋭さの増した視線にまっすぐ射抜かれ、ロイはギクリとする。相手を本気で怒らせたのは確かだ。
「中…」
「一応、用意してきましたので、まったく手がないわけではありません」
「え…?」
 ”手”というと、やはりここでキスするための方法ということだろうか?
 まさか、いや、彼女ならもしかして…という思いが一瞬交錯したものの、
『王様ゲームでもしてみますか?』
 との提案に、彼の顔からは血の気が引いた。
「だっ…」
『ダメだっ』
 王様ゲームなどとんでもない。
 遊びと称すれば多少無理な状況も黙認されそうだが、自分の望みが叶う確率はかなり低いくせして、このゲームではとてつもない災難が巡ってくる可能性の方がはるかに高い。こんな場所で誰かを抹殺するようなハメになるのは御免だった。
「でしたら、『素直に』お花見を楽しみましょう」
 その言葉にロイは頷くよりない。これ以上、大人げない態度をとっていては中尉が最終手段を取るのは目に見えていた。
「ファルマン准尉、そっちの皿を取ってくれないか」
 半ばやけっぱち気分で明るい口調を装い、部下たちの輪に参加する。
「あ、大佐。こっちのチキンもすごくおいしいですよ」
「あっ!それは俺が今、取ろうと…」
「早いもの勝ちだ」
 今日のためにホークアイが用意した料理の数々を奪い合う。
 正直に言えば彼女と二人きりがなにより一番良かったが、視点を変えれば別にこういう状態もロイは嫌いではなかった。
(今日は諦めるか)
 やれやれ、と思う。
 傍らにいるホークアイの表情が和らぎ、機嫌が良くなっただけでも良しとしよう。
 そんなことを考えた彼の耳に、
「これだけ綺麗な桜なら、夜桜も悪くないでしょうね」
 呟くように告げられた言葉が届き、少し驚いて目を向けると『それでよろしいですか?』と問うようにホークアイが微笑んでいた。
 それに否と答える理由はない。
『ああ』
 愛しい彼女は言葉足らずなのか、それとも意地悪なのか。
 もしかしたら、その両方なのかもしれないと思いつつも、あっさり機嫌が良くしてしまう自分自身が可笑しくて、ロイは笑った。
 淡く色づいた花びらが宙を舞い、落ちてくる。
 空は一点の曇りもない快晴。
「そうだな。夜でもきっと美しいに違いない」


 さて、この後、ホークアイの鞄から出てきた『王様ゲーム』の道具を巡ってひと騒ぎあるのはまた別の話。

END






雪風うずら様のリクエストから

素敵なイラストをいただいたお返しに書かせていただきました。
大佐&中尉でテーマは[お花見]で春らしく。

糖度はかなり低めの仕上がりとなりましたが、相変わらず中尉には頭のあがらない大佐です(笑
本当は開花宣言の辺りをメインにお話を組み上げていたのですが、話が仕上がる前に外じゃ桜も咲いてるし、春もずいぶん過ぎたしで…変更しました。
なんとか桜が散る前にUP☆

少しでも楽しんでいただけると嬉しいです(^^

2004/4