嬉しそうに吠える犬たちの声。
そして、楽しそうにはしゃぐ子供たちの声が聞こえる。
それはよく晴れた青空にはなにより相応しいモノに思えて、彼女は自然と笑みをこぼした。
真昼の公園というのもけっこう良いものだと思う。
「いい子ね。ブラックハヤテ号」
小さな尾を振りながら、期待に輝く目で見上げてくる子犬に笑いかけ、その頭を撫でてやる。
こんな天気の良い休日は愛犬と散歩をするのが彼女---ホークアイ中尉の習慣になっていた。
「わんっ♪」
一声短く、催促するように子犬が鳴く。
まるで『はやく、はやく』と言っているようだ。
ホークアイは小さく笑った後にすっとその笑みを消すと、訓練士なみの真面目な顔つきで、
「伏せ!」
と告げた。
とたん、さっと地面に伏せるブラックハヤテ号。
続いて『お手』に『お座り』も難なくこなしてしまう。
それはもう、飼い主の躾の賜物といえた。それになにより、訓練後の『お楽しみ』がブラックハヤテ号のやる気を向上させていた。
キラキラした瞳は「ちゃんとできるよっ」「まだ?」とまっすぐに彼女を見つめる。
「よしよし。完璧よ、ブラックハヤテ号」
ひととおりの訓練を一つも間違わずにやり遂げた子犬を褒めてやる。
そして、彼女は腰につけたポーチから小さなボールを取りだした。
「わんっ♪♪」
ブラックハヤテ号がひときわ嬉しそうな声を上げた。
犬が好む遊びはいくつもあったが、このブラックハヤテ号の一番のお気に入りはボール投げだった。特に公園などの屋外で、遠くまでボールを投げてもらうのが好きなのだ。
それが実は、ホークアイのやむにやまれぬ事情に関わるためと知る者はほとんどいない。
今日も彼女はちらりと後方を振り返り、小さくため息をつく。
木製の古びたベンチに座る男が一人。
足を組んだ姿勢のまま、黒髪の頭がちょっとうつむき加減に傾いでいる。明らかに居眠りをしているとわかる様子に彼女は自然と渋面になった。
それでも、ブラックハヤテ号に対しては笑顔のままに、
「さあ、訓練は終わりよ。ボール投げをして遊びましょうか」
言って、首輪のリードを外す。
思い切りボールを投げると、子犬は一目散に駆けだした。
その様子を眺めながら、彼女はゆっくりとベンチの方へ近づき、空いているところに腰を下ろした。
空は晴れ渡り、あたたかな陽気が降り注ぐ。
その心地よさに眠気を誘われるのもよくわかることなのだが。
「大佐…」
そっと呼びかけても、返事のない様子に彼女はもう一度ため息をついた。
いつもなら『うるさい』と眉をしかめる子供の大きな声が響いても、隣で眠る男はピクリとも反応しない。
疲れている、というのもあるのだろう。
しかし、誰かに命を狙われてもおかしくない自分の立場をこの人は本当に理解しているのかと疑いたくなる。
いくら私服姿でいつもと雰囲気が違うとはいえ、こんな公園の一角で居眠りをするなど危険極まりないというのに。
『でも…』
かすかに安らいだ寝息が聞こえる。
うつむく横顔は穏やかだった。
『もう少し…あと少しだけ、このままで』
こんな穏やかな日常の風景もまた、彼にはよく似合うのだから。
そして、正直、そんな彼を見ていたいと望む気持ちもあるのだから、多少の気苦労もまた仕方がないのだろう。
「♪」
ボールを口にくわえて、勢いよく戻ってくるブラックハヤテ号の姿を見ながら彼女はちょっと苦笑した。
いつものことだからなのか、もう「静かに」と注意しなくても、賢い子犬はこういう時、吠えなくなった。
そして。
『私はすっかりボール投げの達人だわ』
そんな作用をもたらした張本人は、誰かに気兼ねするような素振りも見せぬままに眠り続ける。
それが憎らしくなるまで。
『あと少しだけ…』
そんなことを思いながら、彼女は再び思いきりよく青空めがけてボールを投げ飛ばした。
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