【バレンタインデイ】


 室内にまだ誰もいないのを見計らい、朝一番に出勤してきたホークアイは鞄を開けて中から二つの品物を取り出した。
 一つは光沢のある赤い包装紙に金色のリボンがかかった小箱。
 手のひらにのるくらいそれは、2月14日という日にちがもたらす錯覚にすぎなかったかもしれないが、小さいながらも確かな存在感を主張している。
 箱の中身はもちろん手作りのアレだ。
 バレンタインというお祭り騒ぎ的イベントに自分が参加するというのは彼女の性格からして正直、気恥ずかしさを覚えることだったが、相手の喜ぶ顔を思うと自然と口元が綻んだ。
 たまには素直に『彼』の喜ぶことをしてみるのも悪くないと思う。
 と、

「わんっ」

 短い吠え声。
 既に馴染み深いものとなったその声に、ホークアイは振り返った。

「ちょっと待ってね。ブラックハヤテ号」

 すっかり大きくなったブラックハヤテ号がきちんとお座りをした格好で、黒い瞳をきらきらさせて彼女を見上げる。
 仕事場に飼い犬をつれてくるというのは不謹慎に思われがちだったが、ここではそれが特別に許されていた。あまりにも彼女の勤務時間が長く、職場に拘束されることがあるので、エサの問題がある時や運動不足の時など必要に応じて連れて来て良いことになっていた。
 そんな特例も、ひとえに上官のおかげだったが。
 ホークアイは机の上に出した二つの品物のうち、片方、赤いリボンをつけたドッグフードの缶を取り上げた。
 犬にバレンタインデイなど関係ないだろうが、せっかくなのでいつものより高めのドッグフードにリボンを巻いてプレゼント仕立て。それにはここしばらく仕事に忙殺されて、あまりかまってやれなかった詫びも含まれている。

「いい子ね、ブラックハヤテ号。これはあなたへのプレゼントよ。晩ごはんで食べましょうね」
「わんっ♪」

 屈み込んでドッグフードを差し出した飼い主に、ブラックハヤテ号は機嫌良く吠えて応えた。…のだが、

『…?』

 ブラックハヤテ号はふいに立ち上がると軽い足取りでホークアイの横を通り過ぎたのだった。
 何も命じていないのに、と怪訝に思いながら振り返り、彼女はギクリとする。

「ッ!」

 がっしりした前足を椅子について体を伸ばしたブラックハヤテ号が口にくわえていたもの---------それは紛れもなく、特別に用意した赤い小箱。

「ブ、ブラックハヤテ号?」

 驚くホークアイの前でひらりと体を翻したブラックハヤテ号はそのまま距離を保つように飼い主から離れ、様子をうかがうように首を傾げてみせた。
 その目はまるで子犬の時のままのように『遊んでくれる?』と期待をのせて、彼女をじっと見てる。
 思わず、ホークアイの口からため息がこぼれた。
 忙しさにかまけて、毎夜の散歩でしか相手をしてやれなかったことを考えると仕方がないように思えたのだ。ブラックハヤテ号はよほどのことがないかぎり、こんな悪戯をしてまで自分の気を引こうとするような子ではないことを彼女はよくわかっていた。
 しかも、昨日からずっとかかりきりで仕上げた小箱がホークアイにとってどれだけ大切かを感じているからこその悪戯。
 賢い犬だった。

「ブラックハヤテ号、お昼休みにはいっぱい遊んであげるから。それを返してくれるかしら?」

 ホークアイは身をかがめたまま静かに言って、手を差し出す。
 対するブラックハヤテ号はというと、まるで考えるように首を傾げたまま彼女を見つめ、そして、嬉しそうに大きく尾を振った。

「よしよし、いい子ね」

 そのまま素直にブラックハヤテ号が戻ってきて小箱を返す、と疑うことなく信じていたホークアイは続く展開に言葉をなくした。
 カチャリと音がして扉が開く。

「おはよう、中尉」

 上機嫌で現れたのはロイ=マスタング大佐------彼女の上官兼恋人、その人だった。
 その足下をすり抜けるようにして、素早く部屋の外へと抜け出したのは…

「…っ!」
「どうかしたかね?中尉」

 凍り付いた彼女を見返し、怪訝そうに問う。
 しかし、ホークアイは何も言うことができなかった。驚きよりも何よりも、正直に言った後に何が起こるかを考えて顔から血の気が引く。

「いえ、なんでも…」
「それにしてもブラックハヤテ号にもバレンタインの贈り物とは気前がいいな」

 めざとく犬がくわえていた物に気づいたロイが満面の笑顔で言う。
 その笑顔は間違いなく自分ももらえるものと、期待に充ち満ちている。
 できることならその期待に応えたいところではあるが、そうもいかない状況にホークアイは息を詰めた。そして、ハッとして片手に持っていた物をとっさに背後に隠した。
 が、それを見逃す恋人ではない。

「赤いリボンが見えたが…わたしのかね?」
「ち、違いますっ」
「欲しいな」
「ダメですっ」

 無遠慮に近づいてくる相手から逃れようと、ホークアイはじりじり後退した。
 無駄なあがきとはわかっていても、まだ悪あがきをしてみる。

「あなたへは後でお渡しします」
「今がいい」
「今日の職務をきちんと終えられたら…」
「今もらえるなら、今日一日、文句を言わずに頑張るぞ」

 人目がないのをいいことに距離が近い。
 いったいどうやってこの場を切り抜けようかとホークアイが思っているところに、無造作に叩かれるノックの音が響いた。
 クセのある響きに誰かはすぐわかる。
 驚きでビクッと体が震えた拍子に彼女の手から固い感触が抜け落ちた。

 がこん、ころころころ…

 石造りの床にぶつかり、転がる固い音に。
 空気が、凍りついた。


 *


「おはよーございます。…って!?」
 扉を開けると同時に勢いよく突き飛ばされたハボックは、自分には目もくれずに走り去った男の後ろ姿を呆然と見送った。
「朝っぱらからなんだってんだ…?」
 そうして、部屋に入って、また驚く。
「ど、どうかしたんすかっ!?中尉」
 机に両手をついて項垂れた姿なんて滅多に見せることのない人の様子に、ハボックは目を見開いた。
「何があったんです?」
「………」
 焦り混じりの問いかけに返ったのは、深い深いため息と小さな呟き。
「まあ…運動不足の解消ということにしておきましょう」
「は?」
 何がなにやらわけがわからないでいるハボックに、何でもないと手を振り、
「満足したら戻ってくるでしょうから、気にしなくていいわ」
 早くもいつもの調子を取り戻しつつ、ホークアイは締めくくる。
『まあ、たぶん…きっと大丈夫でしょう』
 そんな彼女が自分の恋人と飼い犬と、どちらが優秀と認識していたかについては言わぬが花であろう。



END







重い腰を上げての久々、ロイアイ小説ですv
相変わらず、大佐が不幸です。ごめんね。
彼がまともに中尉からチョコをもらえる日はあるのでしょーか。
でも、そんな彼を書いてるのが幸せだったりしますよ(笑
想像して一番楽しかったのは、缶をめぐる辺り。絵的に面白い構図だと思います。

>錬金術を使わない大佐VS中尉仕込みのブラックハヤテ号
錬金術使えたら大佐、無敵ですが、司令部内ですし、基本的に中尉が禁止令出してると思うので。
はてさて、どちらが勝ったかはご想像次第です。

ちなみにUPは14日もあと数十分で終わるトコロです。
これは間に合ったとは言わないな〜。残念。