【ひな祭り】


「これは…」
 両手にのるくらいの小箱が一つ。
 新しい年が始まって早々に実家から送られてきたモノを見て、懐かしさに喜んだのもつかの間、それを一体どうしたものかと彼女は思った。
 子供時代の思い出に重なるそれは確かに大切なものだったが、今の自分には必要ないとも感じる。
 少し考え、彼女は至極妥当な結論に達した。
 自分に必要ないなら、他に必要としてくれる人にあげてしまおう!
 そう、年末の大掃除で物置の奥からソレを見つけ出した家族と同じような結論に達した彼女は迷うことなくそれを自宅ではなく、東方司令部内の自分の机の引き出しへと片づけたのだった。


 そして、数週間後。


「ヒューズ中佐、これを」
「ん?なんだい、これは」
 怪訝そうに言う相手にホークアイは、「どうぞ開けてみてください」と微笑みを浮かべて促した。
 東方司令部での仕事を済ませて退居の挨拶に寄ったヒューズを引き留め、彼女はこの日のために用意していた箱を差し出した。特にラッピングらしいものはなにもない箱だが、色鮮やかな組紐で結わえられた小箱。
「お古ですが、エリシアちゃんに良いのではないかと思いまして」
 ふいに出てきた愛娘の名前に男の笑顔の種類が変わる。
 それまでは同じ室内にいたもう一人の男の様子をうかがいながらニヤニヤ笑っていたのが、一転して幸せそうな明るい笑顔になった。
「んー?なんだ、人形とかかな。エリシアちゃんはクマさんとか丸っこいのが好きなんだよね〜」
 うきうきと楽しそうな気配が伝わってくる声で応えながら、早くも箱を開けにかかっている。
 期待に応えられるといいのだけど、とホークアイは思いながら、
「ええ、一応…人形です」
 ほんの少しだけ、ためらうように途切れた言葉にヒューズは苦笑しながら指を止めると、からかうように眉を寄せた。
「なんだよ、その間は」
「いえ…どう説明したものかと思ったものですから」
「はあ?」
「見ていただければわかると思います」
「ふーん、見ればわかるってか」
 再び開封作業に戻ったヒューズは手際よく中に詰まっていた緩衝材を指先で掻き分け、目当てのモノを見つけた。
「おっ」
 大きな手のひらの上に、ころりと転がりそうな焼き物のうさぎが一匹。
 つぶらな瞳ところころした顔立ちがとても愛らしい。
 しかし、そのうさぎは動物というより、人間を模したかのような二等身姿で衣服を身につけていた。しかもその衣服服らしき物は何枚を布を重ねてできているような変わった様相をして、見慣れないものだった。
「かわいいけど、変わってるな。えーと、抱き人形とかいうより、置物って感じがするが…」
「はい。昔、親戚が旅先で買ってきてくれたおみやげだったのですが、その国では3月3日に女の子のいる家ではこういった人形を飾って、子供の健康と幸せをお祝いするのだそうです」
 そこで何かに思い当たったかのようにヒューズが「あっ」と声を上げた。
「もしかして『ひな祭り』だったりするか?」
「ご存じでしたか」
 遠い異国の行事のことなので、知っている人間の方がよほど珍しい。
 さすがにホークアイも驚きを隠せない。
「ふっふっふ。この俺を誰だと思う!エリシアちゃんLOVEのパパなんだぞ。娘に関する祝い事なら世界中の行事をチェックだっ」
 Vサインをしつつ、堂々と言ってのけるところはさすがヒューズ中佐、というよりほかにない。
 しかし、そんなリアクションにも慣れたホークアイは「そうですか」と頷きだけで軽くかわし、箱の方へを手をのばした。その様子にヒューズがつまらなそうに肩を落とす。
「もー、相変わらずホークアイ中尉のリアクションは地味だなあ。もうちょっと派手に返してくれると嬉しいんだが」
「疲れるから嫌です」
「うっわー、…いいねえ。さすがホークアイ中尉」
「何がさすがかはわかりかねますが…」
 ホークアイは手に取った箱の中から、ヒューズが持っているのと同じような人形をもう一体取り出した。
「人形は女雛と男雛ということで、男女一対になっているんです」
「めびな、おびな…?」
「お姫様と王子様といったところでしょうか。詳しくお知りになりたいのでしたた、フェルマン准尉を呼びますが」
「いやっ、それはいい」
 慌てて手を振り、「また自分で調べてみるさ」と付け足すヒューズ。
 彼が持っているのが小さな冠をつけたお姫様だとするなら、ホークアイが差し出したのはちょっと変わった長い帽子をかぶった王子様だった。
「『ひな祭り』が女の子のお祝いの日ってのは知ってたが、人形も必要だったのか」
「そのようですね」
「せっかくだし有り難くもらっとくよ。中尉」
 エリシアちゃんには幸せになってもらいたいし〜といつもの親バカぶりを発揮しつつ、緩んだ顔で言う。
 そんな相手にホークアイは少しためらいつつ、忠告を一つ。
「それから、中佐」
「ん?」
「3月3日を過ぎたら人形、早く片づけてあげてくださいね」
 そう言うと、彼女の予想どおりにヒューズは不思議そうに見返した。
「ん、なぜだ?」
「3月3日を過ぎても出したままでいるとお嫁に行くのが遅くなるという言い伝えがあるそうなので」
「へーえ、なるほど…そいつは大変だなあー」
 ふむふむと頷きながらも、やたら棒読みのセリフであった。
 それもまたホークアイにとっては予想どおり。ヒューズが口の端でニヤリと笑うのも彼女は見逃さなかった。
 彼が何を考えているかなど容易に想像がついた。
「中佐。人形を出しっぱなしにして、もし実際にエリシアちゃんの婚期が遅れるようなことにでもなれば、エリシアちゃんに嫌われますよ」
「…っ」
 ウッと言葉を詰まらせる様子にホークアイは思わず、笑みをこぼした。
「一応、忠告です」
「はー、わかりました。…了解」
 素直に言って、手際よく人形を箱に片づける。
 その時、ヒューズはふと思いついたように顔をあげ、
「中尉。それってひょっとして経験談だったりするのか?」
 いつものからかうような口調と笑みでそう聞いてきたので、彼女もまた小さくクスッと笑って応えた。
「それはご想像におまかせします」
 と。

 *

「で?」
「はい?」
「どうなんだ?」
「何がです?」
 来客の去った一室で交わされる会話。
「ホークアイ中尉」
 ことさら強調するように名を呼ばれ、笑ってしまう。
「あの人形のおかげで私の婚期が伸びているのだとしたら…そうですね、私は怒るよりも父に感謝したいくらいです」
 穏やかに返すと相手の方も「そうか」と穏やかに笑った。
「そうだな。わたしも感謝しておこう。君が既に結婚していたのなら、こうして一緒の職場にいるどころか、出会うことすらなかったかもしれないからな」
 交わす視線の先で、彼女は笑みを深くする。
「とりあえず、これ以上、余分に伸びてもらっては困りますから」
「ん?」
「ヒューズ中佐に引き取ってもらえて良かったです」
 
 明るい笑い声が室内に響いた。

END






【ひな祭り】
行事ネタ。時期を狙わないといけないということなんですが、見事に逃しました(^^;
大佐がほっとんど出てきませんでしたが、一応、大佐と中尉は恋人同士の設定です。
なんだか最近、改めてヒューズ中佐が好きv
彼から見た二人ってどんな風だったのかな〜とかいう意味も含めて、彼をお話に出したい傾向があったり。


2004/3