「なんスか?それ」
執務室の片隅に立てかけられた一本の植物。
細長い葉を茂らせるそれが『笹』と呼ばれるモノだというのは知っている。
しかし、そんなものがどうして上官の部屋の片隅にあるのかがわからない。
殺風景な部屋に彩りを添えるにしては物足りない代物じゃないか?
そんな疑問を胸に質問してみると、焔の錬金術師と人々に畏怖される上官が余裕たっぷりの自信に満ちた笑顔で応えた。
「七夕の飾りだよ」
『おっ…上機嫌だな』
彼の機嫌が良い時は決まって『何か』が起こるから要注意である。
ちらりと部屋の反対側を伺うと、副官のホークアイ中尉は無言のまま、黙々と作業をしている。どうやら関わり合いになる気はさらさらないらしい。
それにしてもタナバタってのはなんだろうな?
「タナバタ…ですか?」
「なんだ。知らないのか、ハボック」
ちょっと呆れたように見て、「勉強不足だぞ」と呟く。
「異国の風習だ。7月7日にまつわる逸話にちなんで、こうした笹に願い事をつるすんだそうだ」
と言って、細長い色紙の束を机の引き出しから取り出して見せた。
紙の上にはこよりがついている。
どうやら、それで色紙を笹にくくりつけるようだった。
しかし…。
「笹に…願い事っすか?」
まだよくわからない。
願い事をしたら笹が叶えてくれるのだろーか?
クリスマスのもみの木みたいなもんか?
よくわからないが、なにより、どーして今年になってそんなコトをしようなんて上官が思いついたのかもわからない。
自力で何もかも掴み取ろうとする男に、神頼みや人頼みめいたそんな行動は不似合いだった。それに…。
『く、くだらなすぎるっ』
神頼みどころか、サンタに願い事をしたことすらなく、可愛げのない子供だったハボックは正直、そう思うのだ。
しかし、それは今、隠しておいたほうがよさそうだ。
「それで…叶うんです?その願い事ってのを笹につるしたら」
「ああ。きっと叶うハズだ!」
ぐっと拳を握り、力のこもった返事。
何を根拠にそんな自信が持てるんでしょーかね、大佐?
まあ、よくわからないが、自分には縁のない話だと結論づける。
そんなハボックに上機嫌の上官は告げた。
「おまえも願い事があったら、なんでも書いてつるしていいぞ」
「はあ…ありがとうございます」
もう一度、こっそり中尉の様子をうかがってみるが変化はなかった。
ということは、彼女も一応賛同してのことらしい。
つくづくわからなかったが、数日後にはハボックの疑問も解けることになる。
部屋の隅に置かれた緑の笹は色とりどりの色紙をその枝につるして、わさわさと揺れていた。
そこにかかれた願い事はといえば…。
『休憩時間が長くなりますように』
『中尉があまり怒らなくなりますように』
『息抜きする時間がほしい』
『作業机の折れた足を修理してほしい』
『食堂の食事がおいしくなりますように』
『中尉のミニスカート姿が見たい!』
etc......
書いてある字からして、いろんな人間がいろんな願いごとを書いて笹につるしてみたらしい。
それはここに書くもんじゃないだろっ!というのもあったが、軍部内に関するものが多かった。しかも場所のせいか、特定個人向けも多い。
そのうち何枚が上官の手によるものかはわからないが、『中尉のミニスカート姿が見たい!』というのが彼であったなら、今の無事な彼の姿はなかったはずである。
それにしても。
『投書箱みたいなもんだったのか…』
ナルホドとハボックは納得した。
7月6日。
夜勤で出ていたハボックは廊下で、帰りがけのホークアイ中尉と出くわした。
「あれ、残業っすか?中尉」
「ええ。ちょっとね」
「いつもご苦労様です」
わざと慇懃無礼に言って応えると、小さく笑った中尉が「ハイ」と何かを彼に差し出した。
「え…?」
いつも彼が吸っている銘柄のタバコがひと箱。
「ちょうど良かったわ。軍で無料支給なんて無理だから、これで我慢してちょうだい」
「は…ええ!?」
思いもよらない展開に、ハボックは顔が赤くなるのを自覚した。
「見たんですか?」
「ええ」
「単なるジョークのつもりだったんすけど」
「でしょうね」
くすくす笑って、「それじゃ」と去ってゆく後ろ姿にハボックは「まいったな…」と呟いた。
同僚たちと一緒に適当に書いた願い事だ。
こんなことをするなんてくだらないという思いがあったし、なにより、願い事自体がくだらない。
だから、笹の一番奥、目につかない場所につり下げたというのに。
「なんだってそんなのに気づくんだか…」
そこまで思って、彼はハッと息をのんだ。
まさか…。
『まさか!?』
慌てて笹がおかれている執務室へと駆けつける。
自分がその部屋の鍵を預かる一人だったことをラッキーに思いながら、部屋に飛び込み、笹の様子を確かめる。
「………」
そして、笹の傍らにがっくりと膝をついたハボックはぶるぶると肩を震わせ…こらえきれずに爆笑した。
そこには…。
『休憩時間が長くなりますように』
却下。今でも十分長いくらいです。
『中尉があまり怒らなくなりますように』
却下。怒られないように努力してください。
『息抜きする時間がほしい』
却下。そう言う人に息抜きは必要ありません。
『作業机の折れた足を修理してほしい』
申請可。事務課に直接、申し出るように。
『食堂の食事がおいしくなりますように』
申請可。ただし、改善を願うなら、食堂への協力を惜しまないこと。
『中尉のミニスカート姿が見たい!』
却下。精神科へ行きなさい。
etc......
色紙の裏に浮かぶ添削めいた赤い文字。
本当に彼女らしい、とハボックは腹が痛くなるまで笑い続けた。
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