ハロウィン


「ついにこの日が来ましたね、少尉」
「あー、来たな」
 朝っぱらからそわそわする気持ちを隠せない様子のフュリー曹長に、オレは苦笑混じりに応える。
 ついにやってきた10月31日。
 それが何の日か?
 …ってゆーと、異国ではハロウィンと呼ばれる祭りの日だったりするわけだが。
 とある人物のここ数年の努力によってそのイベントはこのイーストシティにも定着するに至り、東方司令部は率先的にそれに参加する立場にあった。
 確かに祭りなんてものがあれば飲食店ほか店々も商売繁盛、市民も楽しい時間を過ごせて街も活気づくしというわけで、『祭り→街を活性化させよう』というのは至極もっともらしい理由に思えた。
 が、結局のところ、本人がソレを楽しみたかったから、というのが一番の理由に違いないとオレは思っている。
 そうでなければ、祭り→バカ騒ぎ=騒動→軍部の仕事が増える、なんて面倒を自らしょいこむ人間ではないのだ。あの上官は。
「それにしてもハボック少尉、本当にそれで良かったんですか?」
 『それ』とフュリー曹長が指さす先にあるのは、大きな瞳が愛らしく、ファンシーな顔立ちをしたオオカミの頭。
 そいつを脇に抱えて佇むオレはというと、ふかふかの毛皮で作られた着ぐるみで全身が覆われていた。後は抱えた頭を被れば、テーマパークとかで愛嬌振りまくオオカミの出来上がりだ。
 東方司令部ではハロウィンの日には化け物の仮装をして出勤するのが、いつの間にか義務化されるに至っていた。で、オレは紛れもなく『狼男』の仮装をしているというわけだったりする。
「安いレンタルの割にはけっこうイケてるだろ」
 唇の端で煙草をくわえたまま、ニッと笑いかけるとフュリー曹長は複雑そうな顔つきで「ははは」と笑った。
 そんなフュリー曹長はといえば、緑色のマントに洋服を揃えて大きなカボチャを抱えて待機。小柄なジャックランタンである。あとは黒のスーツで無口に佇む吸血鬼姿のファルマン准尉に、少し離れた位置で不気味そうにオレの方を見ているのは全身包帯ダルマ…いや、ミイラ男の仮装をしたブレダ少尉だった。
『狼は犬科だが、犬じゃねえだろーが!つーか、こんなでけえ犬いるかよ』
 何度言っても犬嫌いのブレダは近づこうとしない。
 最初に脅かしたのがまだ尾を引いているらしい。
 確かに、この中でオレが…いや、フュリー曹長もたいがいだと思うが、一番異彩を放っているだろーなあってのは知っている。
 鏡に映った姿を見てけっこうマヌケな格好だよなあ、と思ったし。
 オレって今年何歳だっけ?とかマジになりかけたし。
 なにより、このぶかぶかの毛皮に覆われた手じゃ煙草持ちにくいし…いや、まあ、そういうのも全部もともとわかっていたことなのだから諦めてるけどな。
『おっ…』
 ふいに廊下の方が騒がしくなった。
「大佐が来たみたいですね」
「だな」
 ざわめきの中に華やかな声が混じっているのが部屋の中まで伝わってくる。
 きっと数少ない女性士官たちの熱い視線と声援を受けまくっているのだろう。
『………』
 いや、もう今更言うことなんて何もナイ。
 同じ男として、大佐が憎いなんて、もはや言い飽きた。
「それでは今日も一日、職務に励んでくれたまえ」
「はい、マスタング大佐v」
 複数の華やかな声が扉越しにも聞き取れた。
 そして、扉は開かれた。
「おはよう、諸君」
 ご機嫌すぎる爽やかな笑みを満面に浮かべて現れた本日のマスタング大佐は、暗い群青色の長衣をスマートに着こなし、肩のところで留めた漆黒のマントを揺らしながら歩く『魔法使い』であった。
 シンプルな衣装のくせに、不思議と目を引く格好である。
 と、よくよく見れば、手に持っている杖や、衣装のあちこちにさりげなく添えられた装飾品も手間のかかった細工品に見える…気がした。
『いったいいくらかけたんスか、大佐』
 毎年のことながら、この人のこの手のイベントにかける気合いはスゴイ。
 しかし、今年はそれ以上の気合いを…いや、執念すら感じられる気がするのは気のせいだろーか。
「すごくカッコイイです!」
 憧れの物体を見るように目を輝かせてフュリー曹長。
「いつもながら、手のこんだ衣装ですな」
「相変わらずスゴイ…」
 ファルマン准尉は淡々と観察するように、ブレダ少尉はあっけに取られたようにぽかんとして呟く。そんな反応を満足そうに受け止めたマスタング大佐は、オレを見てちょっとイヤそうに眉を寄せた。
「あー、おはようございます。大佐」
「スゴイ衣装だな。せめて…」
「…は?」
「いや、なんでもない」
 個人の趣味に口出しするつもりはないからな、といたく失礼なコトを言って、大佐は視線をそらしてくれた。
 この可愛いオオカミ頭は大佐の美意識に反するシロモノだったらしい。
『ホント、わざと大佐が嫌がりそうなの選んだ甲斐があったってもんだ』 
 オレはこぼれそうになる笑みを密かに噛み殺す。
 幸いなことに大佐は何も気づかなかったが、まあ、それも無理ないだろう。
「中尉はまだかね?」
 もしかしなくても、今日一番の主役格であろう人の存在が気にかかるのはオレも同じだから、気持ちはわかる。
「あー、まだみたいッスね…」
「そうか…」
 では、来るまでに報告書に目を通しておくか、とファイルを開きながらも大佐の意識はここにあらずといった感じだ。まあ、それを言うなら、『中尉』の単語が出た時点で他の連中もオレも似たようなものだっただろう。
 なぜなら、今年のホークアイ中尉の仮装は周囲の期待を集めずにはいられない内容だったのだ!
 そう、これまでのハロウィンは自主性によった結果、一昨年は死神で、去年はジャックランタンという仮装で中尉は現れた。とりわけ去年のマスタング大佐の落ち込みようといえば、見苦しいくらいだったのを覚えている。
 で。
「いつもと違う気分を味わうのもいいだろう?」
 とかもっともらしいコトを言い放ち、ほとんど問答無用で『クジ引き』大会を始めたのは大佐である。そのクジの中に『かわいい魔法使い』とか『麗しの吸血鬼』とかいった風に形容詞付きのを多数混ぜたのはこの人だ。何を狙っていたかはもはや考えるまでもないが、自爆覚悟だった姿勢は賞賛に値する。
 ちなみに『無口な吸血鬼』とか『真面目なジャックランタン』とかいったのを多数混ぜたのは中尉である。
 その結果は。
「あ…」
「今聞こえたのは…」
「もしかして…」
 誰もが思わず顔を見合わせた瞬間、響く。
 それは、間違いなく本日二発目となる銃声であった。

 *

 夜の帳が降りる頃。
「ちょっと待ちたまえ、中尉!」
 血相を変えて呼び止める魔法使いに、漆黒のドレスをまとった吸血鬼は廊下の途中で立ち止まり、不機嫌そうに振り返った。
「これ以上、お話することはありません。時間です」
 金鎖で留めた長いマントが小さく揺れる。
 珍しく解かれた金の髪がつややかに輝きながら、その顔を縁取っていた。吸血鬼の仮装を意識した化粧は、目元の濃いアイシャドウと濡れたように真っ赤な口紅で妖しい魅力を倍増。
 なにより、深いスリットの入ったスカートから覗く足に見惚れてバカをやった輩が今日だけで何人、冷たい銃口の洗礼を受けたことだろう。
 まさに引き当てたクジのとおり『麗しの吸血鬼』に仮装したホークアイ中尉は、しかし、いつもと何も変わらなかった。そのため、規定どおり街の巡回に出て行こうとする彼女をなんとか思いとどまらせようと苦心する男が一人、いたりする。
「しかし、何があるかわからないのだから…」
「大佐!つまらない気遣いは結構です。あなたもさっさとご自分の巡回に行ってください」
「いや、ならばせめてわたしも一緒に…」
「お断りします!」
 去年でこりました、と冷たく一蹴。
「今年のあなたは『キザな魔法使い』ということですから、任務に支障さえなければお好きにしてくださって結構です。それに私はお付き合いする気はありませんし、女性の群れに取り囲まれて身動きできなくなるなんて状況は去年だけでもう充分です」
 切り捨てるように言って、踵を返す。
 裾の長いドレスにも関わらずパンプスではなく、歩きやすさを配慮して選ばれたブーツの固い靴音が廊下に響いた。そして、それに負けじと追いすがる靴音。
 オレはそんな二人のやりとりを眺めながら、少し後ろをのんびりついて行く。
 ファンシーなオオカミの頭を被って、見にくい視界に首を振りつつ、ひょこひょこと歩いた。ちょっと歩きにくい。
「祭りのバカ騒ぎで頭に血がのぼった連中もいるんだぞ!?」
「牙は使えませんが、血の気を抜く方法なら心得ています」
 冷静な中尉の声。
 そうッスね。それで何人が今日は医務室送りになったことか。
「そうは言うが…」
 相変わらずのやりとり。
 これを一日中、繰り返したってんだから、大佐もさすがである。
 一番簡単なのは中尉の仮装をやめさせるコトだが、祭りの中に軍服など無粋だと、士官にも仮装をさせるに至った経緯を考えれば言いにくいことだ。
 …っつーか、せっかくのこの仮装をやめさせるなんて、そんなコト、大佐は絶対に言いたくないだろーしな。
 となってくると、選択肢は限られてくるわけだ。
「まあまあ、大佐。街の治安と中尉の安全はオレが守りますから」
 安心してください、とオレは着ぐるみ越しに話しかけてみる。
 すると「忌々しい」とでも言いたげな視線が返ってきた。
 でも、今夜の巡回、中尉と組むのはオレって決めたのは(大佐と)中尉なんだから文句は言えないッスよね。
「大佐もお気をつけて」
 着ぐるみ姿で敬礼したオレを大佐は無言で睨み付けた。
 しかし、それ以上は何もナイ。
『あれ?』
 ちょっと期待ハズレ。
『…でも、ま、いいか』
 予想してたのとは少し違う展開になったが、それならそれでいいかと思う。
 中尉とデート(?)できるなんて、そうそうないし。
「行きますか、中尉」
「ええ」
 と、歩きかけ、オレはうっかり何もないところで躓いた。
「…っ」
 うーん、やっぱり歩きにくい。
「すいません、中尉」 
「…ハボック少尉、足下に気をつけてね」
 ま、中尉に支えてもらえたし良しとしますか。…って、大佐、顔がコワイっす。
 肩にぽんと手を置いたわりには指、食い込んでますが。
「ハボック少尉、ちょっと来たまえ」
「………」
「渡しておくものがあった」
 迫力のある笑顔で迫る大佐に、オレは素直に従うことにする。
 もう待ちくたびれて疲れましたよ、なんてコトは言わないでおくのが無難だったに違いない。

 *

 ふさふさ着ぐるみ仕立ての狼男が待ち人目指して駆けてゆく。
 その肩に担いだ白い布袋に詰まっているのはお菓子ではなく、予備の弾丸山ほどであったが、軽快なフットワークはその重さなどみじんも感じさせない。
 それを見送る魔法使いは、目深に被った鍔広の三角帽子の下で燻る紫煙に目を細める。
 その口元に浮かぶ小さな笑みは誰に見とがめられることもなく、消えた。


END





今回、ハロウィン合わせでいろんなサイトさんが素敵な作品を作られていて。
しかもフリー配布されていたりするのを見て、私もチャレンジしてみました。
(フリー配布は2003年11月14日にて終了☆)
なんだかテンポ悪くてトホホなのですが、少しでも笑っていただけるお話になっていれば幸いですv


ハボック少尉は策略家っていうか、意地悪いたずら小僧なイメージがあります。
しかも、どっちに転んでもそれなりに事態を楽しめる人って感じ。
原作とは少し離れてきてるかな〜と思うのですが、好きですv
今回の大佐は『己の美意識』と『プライド』と『中尉』との狭間で密かに葛藤していただきました。
なんだか『キザな魔法使い』というわりには、大佐、それをしている余裕がありませんでした。
予想以上に麗しすぎた中尉に振り回されて精神的に疲れた一日だったことでしょう。
でも、幸せならいいよね〜(笑

さて、大佐と中尉の仮装については先日設置していたアンケート結果を参考にさせていただきました。
少尉もしようと思ってたけど、頭の中で彼は着ぐるみ男に決定してしまったので省略。

中尉 大佐
カッコイイ海賊 10%
かわいい魔女  5%
無表情の死神 30%
麗しの吸血鬼 40%
ジャックランタン 15%
ガラの悪い海賊  4%
ワイルドな?狼男 21%
キザな魔法使い 56%
寡黙なミイラ男  0%
ジャックランタン 17%

アンケートにご協力ありがとうございましたv