過ぎゆく月日に齢を重ねるうちに、我ながらいい歳になってきたと思う。
年寄りになったと言いたいわけじゃない。
ただ、昔と違って…
そう、自分という個が確固たるものとしてほぼ成り立っていると思っていた。
己の性格も、性質も、物事への考え方すら、もうほとんど変化することはない。
漠然とだがそんなことを私は信じていた。
彼女と出会うまでは。
「止まないな…」
執務室から窓の外を眺めているうちに、私は思わずため息をこぼした。
窓の外は朝から冷たい雨が静かに、しかし途切れることなく降り続いていた。
まだ昼間だというのに周囲は薄暗く、これから街へ視察に出なければならないというのは正直、気が滅入る状況だった。
殊に冬の雨というのは昔からなにより一番嫌いだった。
うっかり濡れようものなら冷たくて寒くて風邪を引くし、ただの飛沫でさえ刺すように冷たい。
「明日には晴れるそうですよ、大佐」
分厚いコートを私に差し出しながら、ホークアイ中尉が言う。
彼女もまた私についてこの中を出て行くわけだが、彼女が天気云々で文句を言うのを聞いたことはなかった。
「今日は我慢するしかありませんね」
「そうだな…」
確かに自然現象が相手では為す術はない。
諦めて、防水効果もあるコートの前をしっかり襟元まで留める。
そしてふと、そんな私を見つめる中尉の視線に気づいた。
少し意外そうな、何か言いたげな視線。
「どうかしたか?中尉」
「いえ…」
なんとなく彼女が考えていることはわかっていた。
「わたしが珍しく素直で…意外か?」
苦笑しながら問いかける。
彼女はいつも雨の日には外出を嫌がる私を知っている。反射的に「いえ…」と否定の言葉を言いかけたが、
「そうですね…ここ最近、大佐が雨の日でもそれほど文句を言わなくなったのを不思議に思っていたのですが…」
そんな風に返してきた。
心の底から不思議に思っている…そんな眼差しで。
それがなんだかたまらなく可笑しくて、自然と笑みが漏れた。
「君が常々言っていただろう?」
「?」
「雨は生き物に恵みを与えるものだから、そう邪険にするな、と」
「はあ…確かに何度かそう言いました。しかし、大佐はまったく気に留めていらっしゃらなかったように思っていましたが…」
意外そうに言う。
さすがに彼女は鋭い。
「ああ。だから、ついここ最近の…心境の変化といったところだな」
「そうなんですか…?」
彼女はまだ納得がいかないという顔をしていた。
私の答えはよほど意外なものだったのだろう。しかし、
「まあ、何はともあれ、大佐が雨でも前向きにお仕事をこなしてくださるのは嬉しいかぎりです。これからは天気を気にせず、スケジュールを組めるので助かります」
淡々と告げられた言葉に私は内心、がっくりする。
もう少し、私を喜ばせる言葉をくれてもいいだろうに…。
彼女は本当に厳しい。
厳しくて、冷たくて、つれなくて…
「帰ってきたら熱いコーヒーを用意しますから、頑張ってください」
…さりげなくやさしい。
そのやさしさが私の心を潤わせる。
まるで冷たい雨のようだと、ある時、気づいた。
「こちらの傘をお持ちください」
手渡された傘も、軍で支給される規定のものではなく、彼女が特別購入した備品の一つだ。
いつの間にか使う傘が少し大きなものに変わり、これまでのように、ほんの少し傘の位置がずれただけで肩先が濡れるようなことはなくなった。
「仕方がないな…」
こんな気分は悪くない。
だから、私は笑って彼女に告げる。
「君のコーヒーを励みに頑張るとするか」
冬の雨はもう嫌いではない。
我ながらいい歳になってきたと思う。
それでもまだ、変われるトコロがあって。
しかも、それがただ一人の人間のせいなのだから、人生というのは本当に面白いと私は思う。
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