「この間、セントラルから来ていた将校がいただろう?」
そんな風にマスタング大佐が声をかけてきたのは、ちょうど彼が仕上げたばかりの書類を私が確認している時だった。
忙しかった私は必要最低限の意識だけをより分けて、返事を返す。
「ええ…滞在中の二日間、いろいろな場所を見学していましたね」
一枚、二枚、三枚…
『これは三枚でワンセット、完成ね』
腕に抱えた書類の束をこれから持って行く部署別になるよう、机の上に積み分けてゆく。
「射撃訓練をしている君を見たと言っていたよ」
「そうですか…」
射撃場は時間に余裕がある時、暇つぶしも兼ねてよく足を運ぶ場所だった。
だから、その姿を見られていても不思議はない。
『…というより、これはどうでもいい部類の話かしら』
瞬時にそんな判断が頭を過ぎり、自動的に会話よりも書類の方に専念しようと意識が動く。しかし、大佐の話はそんな私にかまわず続いていた。
「まるで君は”魔弾の射手”のようだと言っていた」
「はあ…そうですか…………」
重要書類についた染みを見逃すべきかどうかに気を取られていた私は、耳に届いた言葉を理解するのに少し時間がかかった。
『魔弾の射手…?』
思わず手を止め、顔を上げて大佐を見返す。
「…今、魔弾の射手とおっしゃいましたか?」
怪訝そうに聞き返すことで、自分の感情を誤魔化しながら確認する。
”魔弾の射手”というとやはりアノ異国の物語のコトを言っているのだろうか?
大佐は小さく苦笑して、
「ああ、そうだ。その時のスコアだが百発百中だったらしいじゃないか。それを見てそう思ったらしい」
「そうですか…」
特に言うべき言葉を見つけられず、相槌だけを返して再び書類に目を落とす。
大佐の黒い瞳はいつになく静かで、彼が私にどんな答えを期待しているのか読み取ることはできなかった。
しかし、おそらくは『誉め言葉』になるソレに腹立たしさを感じたなんて、大人げないコトを正直に言えるハズもない。
『魔弾の…射手』
その物語について、私は簡単なあらすじしか知らなかった。
愛する恋人と結婚するために射撃コンクールで優勝しなければならなくなった男が、百発百中の威力を持った弾丸を悪魔から授かるというものだ。
人にそそのかされた結果とはいえ、悪魔に支払う代価は誰かの命。
それは自分の命かもしれないし、最愛の恋人の命かもしれないという。
『そんな弾丸が欲しいと思うなんて』
なんて愚かな選択だろう、とそう思わずにはいられない。
そして、私はそんな弾丸を欲しいとは思わない。
『悪魔の力なんて必要ない』
百発百中の結果が必要というなら、自らの腕を磨いてみせる。
私が本当に望むとしたらそれはもっと…努力などでは手に入らないものだ。
「あまりうれしそうではないな」
書類をめくる音に、苦笑のにじんだ大佐の声が紛れ込んだ。
「いえ……光栄です」
私は書類に目を向けたまま答えた。
かの将校はただ単に百発百中であったことに対する”良い評価”として、”魔弾の射手”という言葉を使っただけなのだろうから、そう応えるべきなのだろう。
しかし、そうと答えた瞬間、大佐の笑い声が部屋に響いた。
「大佐…?」
驚いて顔を上げると、手で口元を隠しながら、それでもひどくおかしそうに彼は肩を揺らして笑っていた。
「中尉…無理をしなくていい。すごく嫌そうな顔をしていたぞ」
「−−−−ッ!」
顔が赤くなるのがわかった。
『そんなに私は嫌そうな顔をしていたかしら…?』
…今回ばかりはさすがに自信がナイ。
大佐は目尻を拭う仕草をして笑いを収めながら、立ち尽くす私を面白そうに見た。先程とは瞳の輝き方が違う。
『…?』
よくわからないが、私の反応は好意的に受け取られたらしい。
「魔弾の射手…ただ単に命中率のすごさを誉めての言葉だっただろうが、君の場合、悪魔になど力を借りる必要はないからな」
大佐の言葉は本当に意外で。
そして、本当にうれしい言葉だった。
間接的ではあるが、彼の言葉こそ最上の誉め言葉に違いなかった。
「………ありがとうございます」
「そうそう、彼にも言っておいたからな。うちの中尉は悪魔に力を借りずとも、悪魔並に強いとな」
「………」
楽しそうに言葉を継ぐ大佐に、私はかすかに頬が引きつるのを感じた。
そこまでいくと誉め言葉としては微妙です、大佐。
「大佐…」
静かに呼びかけると彼はギクリとしたように口を閉じた。
『しまった』と言いたげな顔をした彼がどう思ったかはわからない。
けれど、私は先程の言葉に多少の引っ掛かりを覚えはしても、怒りはまったく感じていなかった。
だから、苦笑を添えて訂正だけをしておくことにする。
「お言葉ですが、大佐。”悪魔並”ではダメです。
私が欲しいのは魔弾などではなく、
もっとレベルの高い…死神のカマですから」
そう、魔弾なんていらない。
そんなものより、確実に狙った命を刈ることのできる死神の武器の方がいい。
叶うことなら、痛みも苦しみも感じさせることなく命を奪える力が欲しかった。
それこそが軍人になってから得た私の望みだ。
百発百中であることはそこに近づくための手段でしかない。
私の言葉に、大佐が驚いたように軽く目を見張るのがわかった。
でも、今告げた言葉はウソでも冗談でもなかったから、私は彼の目をまっすぐに見返してみせる。
「次回はせめて”悪魔以上”とおっしゃってください」
「……そうしよう」
まいったな、というように大佐は笑った。
いつもと違って茶化すこともなく、ただ静かに。
額に当てた手の影で、彼の瞳に浮かぶ感情は読み取れなかった。
「本当に君は…」
「…?」
「いや……本当に君らしい答えだな」
苦笑とも失笑ともつかない彼の笑みはどこか寂しげにも見えたが、私はただ「ありがとうございます」と答えるだけに止めた。
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