いつも見慣れた執務室。
そこに意外なものを見つけて、私は首を傾げてしまった。
部屋に入ったとたん視界に入ってきたのは、壁際に置かれた段ボールとそこに山と積まれた真っ赤なリンゴたち。
『なぜこれがここに?』
なんのためにあるのだろう、と素直に思った。
だから。
「どうしたんです?それ」
不思議に思って問いかけると、珍しく机に向かって真面目に書類に目を通していた大佐の淡々とした声が返ってきた。
「フェリー曹長の実家から送られてきたそうだ。まだたくさんあるとかでそのお裾分けらしい。後でみんなに適当に配ればいいだろう」
とりたてて何の感情も読みとれない声は、ただ事実を告げているだけのようだった。しかし、その言い分に私は違和感を覚える。
「ですが、大佐。下の部屋にも同じような段ボール箱が2,3個ありましたが…」
「………」
ペンを走らせていた大佐の手が止まった。
疑わしげに、まるで確認するように見てくるから、私は『本当ですよ』と告げる代わりに軽く肩をすくめてみせる。
「では、これはわたしと君の取り分か?」
大佐はどうやら信じられないと言いたげだった。
しかし…。
「私もいただいていいのですか?大佐の分なのでは?」
「まさか。こんなにたくさん、わたしにどうしろというのだ。嫌いではないが、これだけあると…毎日食べて何日ぶんだ?」
気むずかしい顔つきで、嫌そうに言う。
その様子がおかしくて私は思わず笑ってしまった。
「とにかく食後のデザートと休憩時間のおやつにしてはどうですか?それだけで一日4個は消費できますよ」
「中尉…」
そんなのは御免だと言いたげな顔。
何か言おうと口を開きかけ、そこで大佐の黒い瞳がふいにキラリと瞬いた…気がした。
「そうだ…」
何か思いついたように呟き、口元を緩める。
そうして一転、晴れ晴れとした笑顔で彼は私を見た。
こういう時はたいていロクでもないことを考えているのが常だった。
「なんでしょうか、大佐」
だからこそ、慎重に心の中で身構えながら問いかける。
さわやか笑顔の大佐は自信たっぷりの様子で、口を開いた。
「いいことを思いついた。ウサギに剥いたリンゴならたくさん食べられそうな気がする。剥いてくれないか?中尉」
『は?』
なにを言ってるんですか?アナタは。
口には出さなかったものの、そう思わずにはいられない。
そんな私の思いが伝わったのか大佐は苦笑して、しかし、ふいに真面目な顔をして言葉を続ける。
「子供の頃に母がよく作ってくれたものだが、そういえば、ここのところ口にしていないのを思い出した」
「………っ」
この言い訳。
ウソくさいというか、この場合、的確な用途だったというか…とにかく卑怯臭さを感じる言い分であった。私はなんと応えたものか、言葉が出なくなる。
黙っていると、ふてぶてしい性格の上官は懲りもせずに堂々と言葉を紡いだ。
「それに中尉、考えてもみたまえ。わたしが自分のためにりんごをウサギ型に剥くなんて、あまり楽しい光景ではないだろう?」
確かに。
愉快な光景だとは思うが、威厳が格段レベルダウンするのは免れないだろう。
今更のような気もするが、そんなくだらないことで周囲からの彼の評価が下がるというのも困りものだ。
『だからといって、なぜ私が!?』
副官の職務内容を大幅に越えているように思えるのは、気のせいだろうか?
「あなたが何をなさろうと私には関係ありませんから」
勝手にやってください、という思いのままに素っ気なく答える。
しかし、それくらいでめげる上官ではなかった。
「もう一つイイ案を考えたんだが、中尉」
笑いを含んだ明るい声。
「…?」
さわやかすぎる笑顔は、やはり油断禁物のシロモノだった。
「君も一緒に食べてくれるなら、自分でリンゴうさぎを作るのも悪くないと思うのだが。昼のデザートにわたしが…」
「大佐っ!」
反射的に声が出ていた。
そして、目の前にはどこか得意げに見える大佐の顔。
そこから目をそらしながら、私はこらえきれずにため息をこぼした。
「………私が剥きます」
いささか不本意な成り行きではあるが、仕方がなかった。
果物ナイフで喜々とリンゴのウサギを作る上官のエプロン姿はいろんな意味で目の毒に思えたのだ。
「それは楽しみだ」
屈託なく笑うその笑顔が憎らしい。
意趣返しに、山ほどのリンゴうさぎを作ってやろうかと思う。
しかし、それさえ、本当の仕返しになるのか自信がないのが私は悔しかった。
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