もし仮に

「もし、大佐が軍に入ってなかったらどうしてたんだろうな?」

 詰め所で誰かが言ったたわいない一言が最初だった。
 それが誰だったかはもうハボックも覚えていない。

「一生、錬金術の研究でもしてたんじゃねーの?」
「いや、あのルックスだろ」
「そうだよなー。悔しいが、逆玉の輿ってトコか?」
「いやいや…やっぱコレだろ。ホストの帝王っ!」
 びしっと指を上げて言ったヤツの言葉にみんなして声を上げて笑う。
 想像してみるにけっこう悪くない案だ。
 そこにゴホンと咳払いがひとつ。

「退役後の参考にさせてもらうとしよう」

 聞き慣れた低い声に、全員の顔が強ばる。
 おそるおそる振り返る先には若くして大佐の地位まで登った男がしかめっ面で立っていた。
「た、大佐…」
 怒りの炎でもくらうと思ったらしい何人かが反射的に後退る。
 しかし、付き合いの長いハボックにはくわえ煙草のまま、ニヤリを笑って返すだけの余裕があった。
「軍人やってるより、マシなんじゃないすか」
 そこで怒るでもなく、
「当たり前のことを言うな」
 と唇の端で笑って応える。それがマスタング大佐であった。
「ホストも悪くはないが、やはり相手にするなら若くて美しい女性だろう。狙うなら美しく裕福なご婦人だな。そしていずれはその財産を活用してハーレムを作る!!」
 真面目な顔で腕を組み、そんなコトを言ってのける。
 だからこそ、妬む同性が多いのだが、面白い人だと慕う部下も彼には多い。
「ハーレムはやはり男の夢だな」
 しかし、そこに響いた絶対零度の声。

「何が夢なんですか?大佐」

 一瞬にして、その場の空気が凍りつく。
「あなたの夢がそんなモノだとは存じませんでした」
「…気配を消して私の背後に立つのはやめてくれと言ったはずだが」
 不機嫌極まりない声に、やや虚勢も含まれていると知るのは何人だろうか。
 しかし、その長身から不愉快そうに目を細めて見下ろす威圧感は本物だ。
 とはいえ、そんなものなどチリほどにも気にしないからこそ女性でも副官が務まるのだろう。
「無駄話などしている暇はあなたにはないハズですが。いつまでも帰って来ないと思っていたら、まさか寄り道までしていたのではないでしょうね」
 逆に射抜くような視線で相手を見上げ、静かな、それでいて有無を言わさぬ口調で言いきる。
 誰もが「ハイ、すみません」と反射的に頷いてしまうところを、仮にも上司である男は気難しげに唇を引き結ぶに留める。
 いつものコトとはいえ、なんだか少しばかり哀れでハボックはちょっとした助け船を出してみる。
「まあまあ、中尉。大佐はほんのちょっとばかり冗談を言ってただけですから」
「冗談?」
「いや、大佐が軍人じゃなかったらどうしてたかというので…」
「えっ!?」
 この時の中尉の表情をどう言い表せばいいだろう。
 片方の眉ははね上がり、明らかに頬が強ばっていた。
 そんなに驚くような、意外な話題だっただろーか?
 いつも冷静な中尉の、らしからぬ反応の方に誰もが驚く。
「マスタング大佐、軍をお辞めになるのですか!?」
 『まさかそんなことが…』と気丈な瞳がかすかに揺れているように見えた。
 そんな瞳で見上げられ、大佐も息を詰める。
 見つめ合う二人。
 悔しいコトに彼らは本当に似合いの二人だった。
 これでただの上司と部下というのがナゾだというのが、もっぱらの噂なわけで。
 今回のコレをキッカケにして二人の仲が進展するとかゆーのだろうか?
 幸か不幸か周囲に居合わせた者は、固唾を呑んで成り行きを見守ってしまう。
「いや…」
 ゆっくりと言葉を確かめるように口を開く大佐。
「今はまだ軍を辞める気など毛頭ない」
「そうですか…」
 本当に、心底ホッとしたようにこぼれた笑顔に誰もが見惚れる。
 堅物でそこらへんの男よりも強いと評判される女性はそれ故に敬遠されがちだったが、間違いなく、若くて綺麗な女性の一人であった。
 その美女が明るい輝きを取り戻した瞳で黒髪の上司を見上げ、艶やかに微笑んだ。
「もし、大佐が軍をお辞めになる時は私に一度、声をかけてください」
 その言葉がどんな意味を持つのか?
 ドキドキするような期待感を周囲に与えたのは間違いない。
 でも。

「大佐が犯罪者として銃殺刑になる前に、私が、この手で、引導を渡してさしあげますから」

 この時、誰がどんな顔をしていたのか?なんてのは野暮な話だろう。
「私は先に行きますので、大佐もさっさと用事を済ませたら執務室にお戻りください」
 いつもの淡々とした口調で言って、背を向けるホークアイ中尉。
 本当に彼女には隙がない。
 そして。
 隙がないように見えて、もしかしたら隙だらけかもしれない上司の肩をハボックはポンと叩いて言う。
「今夜、酒飲むの付き合いましょーか?大佐」
 こぼれそうになる苦笑をくわえ煙草で誤魔化しながら。

END




〜もし仮に〜
大佐、ごめんね!…というお話。
ネタはなんとなく思いついたモノ。そして、冷静に状況を分析して、また大佐の性格を良く知る中尉だから出せる答えを書きたくて作ってみました。
本当はこの問いかけもまたもアル君の予定で、内容もちょい違ったのですが書き直しました。こっちの方が単純明快でしょ?