夏が来るたび思っていた。
 まっすぐ太陽に向かってたたずむ花。
 あれは『彼女』を連想させる花だ、と。

 *

『ん?』
 その朝も、彼はいつもと変わらぬ時刻に執務室へ足を踏み入れた。
 有能で生真面目な副官が休みをとっていたが、だからといって出勤時間を早めるなどといった殊勝さを彼は持たない。
 定刻ぎりぎりに部屋に滑り込み、いつもと同じく準備万端とばかりに用意された机上の書類にやれやれとため息をつく。
 しかし…
『なぜこんなものがここにあるんだ?』
 この時彼は、すぐさま視界に飛び込んできたモノの存在に目をしばたいた。
 そして、次の瞬間には不愉快な気持ちに眉を上げる。
『いったい誰が用意したんだ!?』
 彼の執務机から少し離れた壁際に用意された副官の机。
 その机の上に、明るい黄色と焦げ茶色の見事なコントラストで己を主張する『花』があった。
 観賞用にと改良されて小型化されてはいるものの、夏という季節を代表するそれが『ひまわり』と呼ばれるものであることは変わりない。


 つまりは、彼-----ロイ・マスタング大佐が嫌いな『花』であった。


 東方司令部の人間なら誰もが知っている。
 それは以前、中尉がセントラルに出張していた時、たまたまこの花が部屋に飾られていて、”たまたま”彼がサボりもせずに真面目な一日を過ごしたコトがきっかけだった。
 ただそれだけの事実に『ひまわりがあれば大佐が真面目に働く』などという噂が広まって、執務室がひまわりの花に埋もれた日から、彼は「ひまわりが嫌いだ」と主張するようになった。
 その主張を周りがどう受け止めたかは別にして、それ以来、夏になっても東方司令部内でひまわりの花をあまり見なくなったのは確かだ。
 殺風景な執務室にもたまには彩りをと時々、花を差し入れるホークアイ中尉でさえ、それを忠実に守っているようだった。


 それなのに、今、彼の目の前には色鮮やかな『ひまわり』の花。


『どういうつもりだ』
 ムッとして、眉を寄せる。
 彼が不快感を抱くとわかっていながら、ここでこんなことをしそうな人間といえば、数が限られていた。
 そして、一番犯人らしいヤツはといえば…
「ハボックです。入りますよ、大佐」
 雑なノックが2回。
 中からの返事も待たずに現れた部下の姿を、彼は睨み付けた。
 一日の始まりには相応しくない凶悪な笑顔と共に。
「うっ………おー、すごい形相ッスね」
 軽く目を見張って扉の前に立ちつくしたハボック少尉は、まるでいつでも逃げ出せるように…とでもいうように半歩片足を引いた格好で、胸に手を当てた。
 しかし、その仕草はおどけた道化師にも似て、逆にふてぶてしいといった類の余裕を見る者に感じさせるものだった。
「そんな相手を睨み殺しそうな目でオレを見ないでくださいよ。いい天気だってのに、ケチがつくじゃありませんか」
「…視線で相手が殺せたら、さぞ便利だろうな」
「不機嫌全開っすね」
 苦笑して、短く付け加える。
「でも、オレのせいじゃないですからね」
「………」
 彼はスッと目を細めた。自然と声が低くなる。
「何を知っている?ハボック」
「別に…たいしたことじゃないっすよ」
 一歩踏み出すと一歩退く。
 そのくせ睨みつける目から視線をそらすどころか、楽しげに笑みを滲ませた目で見返してくるのだから、彼のムカつきはいっそう増した。
 だから生意気な部下にわざと見せつけるように発火布製の手袋をはめた手を掲げてみせる。
「わたしには言えないことか?」
「そんなことないっすよ。ただ、ホントにたいしたことじゃないんで」
「少尉…」
 たまにはイタイ灸を据える必要があるな、と本気で考えたところで、ハボックの声が耳に飛び込んできた。
「だって、中尉宛てにラブレター付き花束が送られてくるなんて、別にいつものことじゃないですか」
「-------ッ!?」
 ほんの一瞬、息が止まる。
「なっ…」
 なんだと!?
 と口をついて出そうになった言葉をなんとか呑み込む。
 部下の興味津々な目を意識するだけの理性は、まだ持ち合わせていた。
「そんなに驚くことないと思いますけど。中尉、魅力的な女性だし」
 それは確かに否定しない。
 イヤというほどわかりきった事実だった。
 そう、彼女がラブレターをもらったり、花束をもらったりするのも何も不自然なことではない。が、
『まだそんなことをするヤツがいたのかっ』
 と、東方司令部内の野郎リストを頭の中で検索し、該当者ゼロの結果をはじき出せるくらいのことはそれなりにしてきた彼である。
 しかも”いつものこと”というのはどういうコトなのか?
 自分の目の届かないところで、ひそかにそんなことが行われていたというのは実に不愉快なコトだった。
「相手は誰だ?」
 努めて平静を装い聞く彼に、ハボックはさらりと答える。
「残念ですが、司令部内の人間じゃないっすよ。知らない名前で、外部からの配達でしたから。ま、この街のいち市民ってとこじゃないっすか?」
 それは軽いショックを覚える事実だった。
 一般人相手では手が出せないとかそういうのではなく、彼女に想いを寄せる男どもがこの広くはないが決して狭くもない街に複数いるであろうという…当たり前だが、しかし、これまで気にも留めなかったコトを目の当たりにして正直、驚いたのだった。
 その辺の男どもでは彼女に相手にされることもあるまいとタカくくっていたが、積極的なアプローチの果てに彼女がそういう相手と付き合う可能性も多大にあるのだ。
「あいにく今日は中尉、非番ですんで。どこに置いとくってわけにもいかないんで、花だけ中尉の机に飾っときました」
 飄々と、『そういうことなんで』とばかりに必要な説明を終えた部下の様子がひどく憎らしかった。多分に、この生意気な部下はわかってやっているのだと思うとますます憎い。
「それじゃ、大佐。中尉がいなくてもちゃんと仕事してくださいよ」
 彼の目の剣呑さに気づいてないはずないのに、平然と告げるハボック少尉。
「なんすか?大佐」
「………」
 無言のまま差し出した手の意味をわかっていて、わざと聞く。
 そんな相手に彼は笑顔を添えて更なる無言の圧力をかけた。
 するとようやく『降参』というように両手を挙げて、部下は苦笑した。
「ハイハイ。わかりましたよ。それ、すっげーコワイんでやめてください、大佐」 
 そして、すっと指をさす。
「手紙なら中尉の机の上ですよ」
 反射的に振り返る。
 と、同時に扉の閉まる音がしたが彼は構わなかった。
 片づけられた机の上に置かれた数枚の報告書、その一番上に『リザ・ホークアイ様』と宛名が記された封筒が見えた。
 それと花をしばらく睨みつけた後、勢いよく身を翻す。
 向かうのは己の執務机。
 まずはそこを片づけ、その後、どうするか?
 深く考えるまでもなく、今日のスケジュールはもう決まっていた。

 *

 夏が来るたび、これは『彼女』を連想させる花だと思っていた。
 だから、しおれて頭を垂れた姿を見るのが実は嫌いだった。
 そしてなにより嫌いだったのは、それが自分以外の誰かに触れられたり見られたりすること。

 *

 この日、珍しくすべての業務を片づけ、昼過ぎに早退した上官の姿に、
「ま、がんばってください。大佐」
 そんなことを呟く部下もいたとか。

END






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今更でスミマセン…(-_-;)
鋼のNCP企画で出ていたお題「ひまわり」に合わせて考えていたネタ。
期間中に仕上がらず、書き直すほどになんだか最初の予定とずれてしまいました。
単なるあせあせ焦る大佐の話だったんですけどねー。
この後、大佐はどーしたか…ってのはご想像にお任せです〜♪
中尉Side書けたらまた違うのですが、書くかどうかお約束はできないので。
「この花=彼女」という連想のあたりについて、もうちょっと書いてみたかったですね。
またどこかで書けるといいなあ。
2003/10