必要以上の期待は痛い目をみるだけ。
そうとわかっているハズなのに、同じ愚行を繰り返すこともある。
*
「あれ?中尉、それ、何の本っすか?」
ほんの十分の休憩タイム。
いつもならそんな時間も惜しいとばかりに書類整理に励むホークアイ中尉が、珍しくコーヒー片手に本を開いていた。
少し離れた執務机にいたロイもそれには気づいていたが、特に声をかける気にはならなかった。端正な顔立ちの女性が目を伏せがちに読書する姿、というのは非常に目に楽しい光景なのだが、その読んでいる本が『銃器』や『短刀』類といった物のカタログだったりするのは寂しい現実であった。
そう、中尉がこんな半端な時間に読む本はいつも薄く、たいてい相場は銃器類のカタログと決まっている。彼女らしいといえばそうなのだが、内心がっくりくるものがあるのも真実。
だから、部下の意外そうな言葉にはロイも興味を覚えた。
中尉が手にする本にはブックカバーがかけられていて、彼がいる位置からは内容までわからない。
「ん、カンザシのカタログなんだけど」
あまり聞き慣れない単語。
「カン、ザシ…?」
「ええ、異国の髪飾りらしいわ」
「へえ」
『カンザシ、ね』
確か、木や竹なんかを削って作られる髪飾りで。
『キモノ』と呼ばれる衣服とセットで女性が使う代物。
そんな風に昔、どこかの雑貨店で聞いた説明をロイは思い出す。
赤や黄色に染められた簡素で可愛い物から、貴重な素材で作り上げた物、形も色も派手な物までその店ではイロイロ取りそろえてあった。
『そんな物に興味を持つなんて、珍しいな。だが…』
彼女に似合うカンザシなら、どんな物だろうか?
ロイはふとそんなことを考えた。
『金の髪になら濃い色の方が合うかもしれない。そう、赤とか。それともシンプルな形で銀や翡翠を使って…』
とりとめのない思いつきが脳裏を過ぎる。
しかし、それも首を傾げてカタログを覗き込んでいたハボックの不思議そうな問いかけに途切れる。
「ところで、中尉はなぜカンザシなんて物に興味持ったんです?」
納得がいかない、という響き。
それはロイも気になるところだった。
中尉も自覚があるのか、苦笑しながら応える。
「ちょっと図書館で異国の物語を読んだの。その物語の中でカンザシが使われていて、なんだか便利そうだったから」
「便利…?」
『便利?』
「刺すのに」
にっこり笑顔で告げられた言葉の後に、ちょっとした沈黙。
そこで確認がとられることはなかった。
『何ヲ』とか『誰ヲ』とか。
本気なのか、とか。
彼女を知る者にとっては確かめるまでもないコトではあったが。
ハボックがくわえていた煙草をわざわざ指に移してから、堪えきれなくなったように小さく吹きだす。
「りょ、了解。これでスッキリしました」
一応、笑いをこらえようという努力は見えるものの隠しきれていない。
「そんなに変かしら?」
「違いますって。いや、ホントに役に立つと思いますよ。ただ中尉の発想が相変わらず素敵なんで、思わず」
「褒め言葉になってないわよ」
「そうすか?中尉の気のせいですよ」
中尉は肩を竦めただけで、再び真剣な目を本へと戻した。
「まあ、とにかく実物を見てみないとなんとも言えないわ」
「そういうのなら、大佐の方が何か知ってるかもしれませんよ」
「ええ、後でちょっと聞いてみるつもり」
必要以上の期待は痛い目をみるだけと。
そうとわかっているハズなのに、同じ愚行を繰り返してしまったロイは苦い思いをこらえるように目を閉じた。
*
この後。
「カンザシの材質に鋼は使えると思いますか?」
という中尉の質問に対して、彼は内心深く苦悩するのだが。
それは決して、自分が刺される光景を想像したからなどではない…といったら言い訳じみて聞こえたのだろうか。
|
|