中尉の机の上に首輪がひとつ。
私はそれを視界の端に認めつつも、別段気にすることなく自分の机に向かおうとした。
が、ふと何かが気になって、足を止めた。
「?」
振り返り、確認。
そこにあるのはなんの変哲もない首輪である。
青く染められた皮製の…犬の首輪。
中尉が最近飼い始めた子犬のためのものだろうと思う。
「…」
しかし、大きさが…。
子犬用にしてはかなり大きな首輪に見えた。まるで…
『まるで、なんだというんだ!』
頭に浮かんだ空想を振り払うように、手を伸ばして首輪を掴む。
実のところソレを掴む瞬間、わずかにためらいを覚えた。
この間、監視の目を盗んで執務室を抜け出した後、
「いっそ紐でつないでおきたいくらいだわ」
と中尉が怒っていたのを知っていたからだ。
しかし、いくらなんでも副官である彼女にそんなコト、できるはずがない…と思いたい。
その首輪の内側には飼い主であるリザ・ホークアイの名がしっかり刻印。
やはり犬の首輪で問題なかったらしい。
「…」
思わず首輪に見入っていた私は、ノックの音で我に返った。
あわてて手にしていた首輪を中尉の机の上に戻す。
「失礼します、大佐」
「ちゅ、中尉…」
なにもやましいトコロなどあるはずないのに、思わずうろたえた私に彼女は怪訝そうな顔をした。
「どうかしましたか?」
「いや、その…」
仕方がない!
「この首輪なんだが、子犬用にしては大きくないか?」
自ら墓穴を掘ったかも、という自覚はあった。
が、それしか言うことが思いつかなかったのだから仕方がない。
「首輪…?ああ、これですか」
中尉はいつもと変わることなく淡々と、
「ブラックハヤテ号なんですが、すぐ大きくなるだろうと言われたので成犬用の首輪とセットになったものを買っておいたんです」
「そ、そうか…」
内心ホッとする私の前で、中尉は軽く首を傾げた。
「でもこの首輪が使えるにはまだ時間がかかりそうです。人間用のアクセサリーに使うのもOKとなっていましたが…」
そこで中尉は珍しくにっこりと笑った。
「大佐、お使いになりますか?」
それは「失礼だぞ」と答えるべき問いだっただろう。
そして、その答えには紛れもなく、人としての尊厳が掛かっていた。
が、目の前にあるのはこの世に数えるほどしかないホークアイ中尉のネーム入り首輪であった。
「………」
私は勢いよく首を振り、
「いや、…いい」
なんとかそう答えることに成功した。
が、その後、まったく後悔しなかったと言えばきっと嘘になるだろう。
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