軽くノックして執務室のドアを開ける。
時間はあと少しで時計の針が午後3時を指し示そうという頃だった。
朝からずっと外回りに出ていて帰ってきたハボックは、室内の様子に軽く目を見張った。
確か、朝出勤してきた時には書類が山積みになっていた上官の机の上がきれいさっぱり片づいていたのだ。
上官、ロイマスタング=大佐の有能さは悔しいながらも認めるところであるが、いったいどういった熱意と理由でここまで成し遂げたというのか。
まあ、原因の元が何かくらいは想像がつくけれど。
「ごくろうさま、ハボック少尉」
そう言って、珍しく満足そうに笑みなど見せるホークアイ中尉が手に持っている物に気づいた彼は『なるほど』とやや脱力した。
「はあ、ただ今、戻りました」
「急な報告がないのなら、少尉も休憩にするといいわ」
自分の席につきながら、ハボックは思わず呆れた視線を上官の方へと投げかける。
きれいに片づいた机の上には今やコーヒーの他に、イチゴの甘酸っぱい香りが匂い立つロールケーキがまるまる一本皿に載せられていた。
それはここのところ定期的に差し入れられるようになったホークアイ中尉手作りの一品。
中のフルーツが変わることはあっても、簡単に作れるから、ということでロールケーキなのはいつも変わらない。
そして、定期的に…というのは、つまり、大佐が仕事をため込んで究極の状況に陥った時に、コレをダシにして働かせるためだった。
クリアする仕事量でロールケーキの大きさが変わるのだ。
今日は順調にすべて片づけたらしい。
大佐の表情もいつもより和らいでいる…というか、正直、嬉しそうに頬が緩んでいる。
ハボックはコーヒーと共に自分の前に出されたロールケーキを見つめ、それまで口にくわえていた煙草を灰皿に押しつけた。
中尉手作りのケーキを甘さを抑え、おいしく作られていた。
とはいえ、ケーキ目当てで仕事を頑張るというのもどーかと思うのだが。
「ハボック、食わないならわたしが食べるぞ」
「いえ、食います、食いますよっ」
自分の分を食べ終わる前から他人のを狙うんじゃない、と皿をガードするように抱えて横を向く。
そこまではいつもとそう変わりない午後三時の風景だった。
そう、廊下を走ってくる慌ただしい足音を聞くまでは。
「大佐ー!邪魔するぜっ」
バンッと音を立てて勢いよく扉を開け、飛び込んできた少年にハボックはちょうど飲んでいたコーヒーでむせかえりそうになった。
いったいどこでどうかぎつけてくるのやら、子供というのは甘い匂いのする場所にひょいと現れてくれる。
「こないだの事件の報告に来たんだけど、うまそうな匂いだな」
満面の笑みで『食べたい』という感情を隠しもせずに近づいてくる少年に、いつの間にやら背中を向けて座っていた大佐はくるりと振り向き、
「残念ながら、もう残っていない」
とこれまた爽やかな笑顔で応えた。
「ああ?隠したんじゃねえだろーな」
「何を言う、鋼の。ちょうど今、すべて食べ終わったところだ」
きっぱりさっぱり清々しく言い切る上官に、一部始終を横から見ていたハボックは深い深いため息をついた。
確かに彼の皿にケーキは残っていない。
今、すべて食べ終わったというのも真実だった。
しかしいくらなんでも…
『丸食いするとは…。それでいいんスか?大佐』
空の皿を挟んで悔しそうな少年相手に、勝ち誇った笑顔はどうかと思うんですが…。
そんな子供にも負けない暴挙っぷりに、ハボックはため息をついた。
本当にこのままこの人についていってもいいのだろーか、とひそかに彼が思うのはこんな時だったりする。
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