【プロポーズ U】
..by.中尉


いつもと変わらず言葉を交わし、視線を交わし、過ごしていても。
それが『平静を装っているだけ』なのだと見抜ける自分を私は気に入っている。

 *

「何かありましたか?大佐」
そう問うと、机の上にあった手の指先がほんのかすかに動いたけれど、その表情が崩れることはなく、
「別に何もないが?中尉」
いつものように書類整理はだるい、とばかりに頭を掻いて応える。
でも、そんなことでは誤魔化されてあげない。
「ですが、大佐、こちらとこちらの書類に関してですが、スペルミスがいくつか…」
とたん、びしっと表情の凍り付いた相手に、私はため息。
有能な人のはずなのに時々、こういうミスをするところが、とてもかわいいと思うのだけど。
そんなこと言ったら怒られるに違いないわね。
「さっきの話を聞いて…ましたね?」
昼の休憩時間にハボック少尉と話したプロポーズ云々の話を匂わせ、カマをかけてみる。
「さっきの話…?」
「はい」
「なんのことだかわからないが…」
彼は苦笑しながら、無難な言葉で逃げを打つ。
別にそれならそれでかまわないのだけど。
だったら、『動揺』なんてしないでほしい。


「…さっきのあなたの質問の答えは『Yes』ね」


『結婚してもいいと思うようなプロポーズをされたことがあるか?』とハボック少尉に聞かれて答えた言葉。
他の誰にも聞かれないように周囲の気配には気をつけていたはずだったけれど、これは失敗したとしか言いようがない。
アレを聞いていたとして、彼が考えそうなことはわかっていた。
『いつ?』
『誰に?』
『自分はそんなことをした覚えはない!』
…とか、かしら。
聞きたいけれど、聞けない、という心情もわからないでもない。
でも、このまま彼を誤解させたままというのもイヤだった。
だから、挑戦する。
「それなら別にかまいませんが。実際、あの件は今でも有効事項ですので知っている人が少ないというのは喜ばし…」
ダン、と机を叩く音が響いた。
「いつ、誰に?わたしには覚えがないんだが?」
地を這うような低い声。
怒りを押し込めた鋭い眼差しで、彼は私を睨み据えた。
やっぱり聞いていたらしい。
それを、見抜けた自分のことがうれしくて。
嫉妬してくれた彼がかわいくて。
思わず笑みがこぼれた私に、彼はカッとしたように何か言いかけたが…

「いつも。あなたに」

私の言葉の方が早かった。
一度開いた口が言葉を失ってぱくぱくと動き、そのまま彼は唖然とした表情で私を見ていた。
「え…?」
「二度は言いません」
その表情がなんだかかわいくて、笑ってしまう。
「さあ、わかったら、気持ちを切り替えてしっかり働いてください」
「ちょっと待て!わたしには覚えが…」
「覚えてないんですか?」
少し責めるような視線を返すと、彼はウッと言葉に詰まった。
「覚えてなくても私はぜんぜんかまいませんので。とりあえず、やることを先に片づけてください」
必死に記憶を探っている様子が気の毒で、私は本心からそう言ったのだが、彼はそれで余計に焦ったようだった。
あれはちがうし、これも…と一人でぶつぶつ言い出す。
これではいつまで経っても、帰れそうにない。
やれやれ、と私はもう一度、ため息。
話を聞かれてしまったのは私のミス。
誤解されたままなのがイヤだと思ったのは私。
だったら、状況打破の責任を負うのも仕方がない…。
私は腹のあたりにぐっと力を入れて、頭の中にあった言葉を声にする。

「日常的なささいな言葉で、たとえそういう意図がなかったとしても、私はそう思った…というだけのことなのです」

かなり恥ずかしいセリフだという自覚はあった。
でも、事実だから、仕方がない。
「ご了承いただけましたら、仕事に戻ってください」
照れ隠しに横を向いて、手に持っていた書類の束をめくろうとしたが、
「…っ」
いきなり腕を引かれて、バランスを崩した。
あっと思った時には机越しにがっしりとした腕に抱きしめられていて。
「愛している」
耳元をかすめる甘い囁き。
それは反則技でしょう?
執務室で何を…と反射的に抵抗する前に彼は私を解放して、笑う。
「今日はいつもより仕事がはかどりそうだ」
悪戯をしかけてきた彼は憎たらしいが、上機嫌の笑顔はなによりも魅力的で。
「…それはなによりです」
私は小言を喉の奥に押し込め、苦笑だけを返した。

 *

いつもと変わらず言葉を交わし、視線を交わし、過ごしていても。
それが『平静を装っているだけ』なのだと見抜ける自分を私は気に入っている。
それは彼が不機嫌でいることもそうだけど。
彼が上機嫌でいることを感じられることは私にとって最大の幸せなのだった。


END







ハボック氏の「プロポーズT」からの派生。こんなのも考えてました〜ってことで、久々に書いてみたり。
... 2006/07/