賽を振れ☆

 その日、東方司令部の面々は不思議な光景を見た。

「なんだい、なんだい!アル」
「うるさいぞ、兄さん」
「だっておかしいじゃないか。あんなに探したのに見つからないんだよ。アル」
「そんなのオレが知るわけねーだろ」
 …云々。

 さて、よく見知っているハズの二人の会話。
 何が変って、話し口調が普段とまるっきり逆転しているのであった。
 特にいつも強気の兄エドワード・エルリック少年が、まるでだだっ子のように可愛い言葉遣いとあっては呆気に取られる者、青ざめる者、怯える者などなど…周囲の反応もそれなりである。
 そんな中でもちょっと意外そうな顔をしたものの、別段ふだんと変わらないのがホークアイ中尉だった。

「面白い遊びね」

「うん。けっこう面白いんですよ♪」(エド)
「気分転換になるんだ!中尉もまざる?」(アル)

『遊びだと!?』
『遊びだったのか…ほっ』
『俺はまた人格交換しちまったのかと思ったよ』
 なんてコト、誰が思ったのかは省略。
 だが、軍部内でもまだ錬金術師に対する偏見や思いこみが存在するのは確かといえよう。

「その遊びってどういうルールなの?」
「うん、最初に1から6までの番号に『行動』を決めておくんです」
「で、出た目の指示通りにその『行動』をするんだ」

 そう言って弟のアルフォンスが差し出したのは、1から6まで数字が書いてある用紙とサイコロが一つ。

「今日のオレたちは『話し方を交換する』っての。期限は一日」
「楽しそうね」

 小さく笑って同意を示した中尉を、金髪の少年が好奇心満々に瞳を輝かせて振り仰いだ。

「中尉ならどんな一日を過ごしてみたいの?」

 少年の問いに中尉は「そうね」と軽く首を傾げる。

「大佐が素直になんでも言うことを聞いておとなしく仕事してくれて、それで定時にあがれるとうれしいのだけれど?」
「中尉。それはわたしへの当てつけかね?」
「そう感じていただけるのなら幸いです。大佐」
 にこりともせず淡々と応える中尉はやはり、無敵であった。
 マスタング大佐は眉をしかめたまま黙り込む。
 しかし。

「えー、つまんねーっ」
「そんなの面白くないよね、アル」

 相変わらず、口調を逆転させたままの兄弟は口々に不満を訴えた。

「こういうのは気分転換にもなるんだからさっ」(アル)
「そう、思い切ったことしてみるのが一番だと思います」(エド)
 
「思い切ったこと?どんな風に?」

 怪訝そうな顔をする中尉の目の前で、用紙の空白に何やら相談しながら書き込んでゆくエルリック兄弟。
 途中で聞こえてくるクスクス笑いがとてもアヤシゲである。

「じゃーん♪発表です♪♪」

 ニヤリと笑いながら、弾んだ声で兄エドワード。
 弟のアルフォンスがごほんと咳払いで笑いごまかしながら、一覧を読み上げる。

「1- なにがなんでも笑顔で」

 おお〜と周囲から声が上がった。

「2- なにがなんでもやさしく」

 更に高まる歓声と共に、目を輝かせる男が約一名。

「3- なにがなんでも褒めること」

 歓声は高まる。その中でふと首を傾げたのはほんの一名。
 揺れた紫煙が道筋を違えた一瞬に気づく者はいない。

「4- なにがなんでも怒り狂う」

 おー…という歓声の種類が変わった。   

「5- なにがなんでも鉄拳制裁」

 お、おーの声になにやら怯えが混じる。

「そして、ラストはっ」
「6- なにがなんでもハリセン☆」

「ハリセン?」
「この厚紙で作った扇みたいなヤツのことだよ」
「これでしばきまくるんです」

 もはや声を出す者はイナイ。
 静かに成り行きを見守るなかで、ハリセンを受け取った中尉は。

「そういえば、こういうもので誰かをしばきたおしたコトはまだないわね…」

 何か思うところのありそうな声で呟いた。
 が、すぐにちょっと苦笑して、

「でも、上官をしばきたおすなんてそんなコトしたら罪に問われてしまうわね」

 と、ハリセンを返した。
 受け取るエドワードはあからさまにガッカリ顔だ。

「ちぇー、せっかく面白くなると思ったのにな〜」
「兄さん、口調戻ってるよ…って、ぼくもだ」

「ハイハイ、二人とも。気分転換もいいけれど、ほどほどにね」

 さっさと業務に戻りましょう、とばかりに持っていたファイルに視線を落とす。
 こうなるとそれまで許されていた遊び半分の雰囲気もその場から消え失せてしまった。誰もが仕方ないか、と自分の仕事に戻る。
 しかし、そんな状況もどこ吹く風と考え事に没頭する男が一人。
 深いシワを眉間に刻んだ顔がいつになく彼の思慮深さを感じさせる。

 そして、「よしっ」と一言。

「大佐…?」

「うん。面白そうじゃないか、そのゲームとやらは」

「大佐…」

「たとえどんな結果になろうと罪には問わないということにしよう。だから」

 試してみたまえ、中尉。

 挑発的な光をちらりと瞳に覗かせ、マスタング大佐は告げる。
 そんな彼を呆れたように見返し、中尉はため息をついて応えた。

「どんな結果になっても私は責任を持ちませんよ」

 と。


To be continued…

 +あなたならどちらを選択しますか?+

サイコロの目が『1- なにがなんでも笑顔で』→
サイコロの目が『6- なにがなんでもハリセン☆』→

* * *
1-笑顔の行方

 転がるサイコロの目が【1】と出た瞬間、周囲から野太い歓声が上がった。
 あまり感情を表に出すことが少ないホークアイ中尉は、笑顔もまた非常に貴重なものなのだ。

「すごいや、アル♪ 中尉は今日一日、ずっと笑顔にけってーい」
「すげーぜ、兄さん♪」

 わくわく楽しそうな兄弟の言葉に、誰もが同調するように喜んでいた。
 いや…ただ一人、陰鬱そうな顔のまま、こっそりその部屋から退散した男は除かなければならなかったが。
 そんなコトにも気づかぬマスタング大佐は期待を隠しきれない視線でじっと中尉を見つめ続ける。

「中尉、サイコロの目は【1】と出たが…」

 今さら『イヤだ』と断れるような雰囲気ではない。
 期待に満ち満ちた視線を周囲から受け、中尉はふーっと息を吐いた。

「一日、笑顔でいればいいんですね?それくらい、私はかまいませんが…」

「それでは、今からでも?」

 軽く頷き、中尉はにっこりと笑顔を見せた。
 そのいつになく華やかで明るい笑顔に誰もが見惚れる。
 そんないつもと違った周囲の反応にも微動だにしない中尉は、笑顔のまま上官を見返し、口を開いた。

「大佐。キリキリ働いてくださらないと、後で後悔していただくことになりますよ」

 笑顔を裏切り、低く淡々と響く声。
 瞬間、水を打ったかのように室内はしーんと静まりかえった。

「ちゅ、中尉…?」
「大佐、あなたが望んだ結果です。文句なんてありませんよね?」

 そそくさと部屋から出ていく人間が一人二人と増えてゆく。
 それを横目に、マスタング大佐は喉の奥で唸った。

 厳しい表情で辛辣なコトを言われるのには慣れている。
 しかしながら、明るい笑顔でそれをやられるのは、正直、心臓にきた。

「中尉、わたしが…」
「これ以上、無駄口を叩くヒマなんてありません。それとも、もっとレベルアップいたしましょうか?」

 まさに無敵の笑顔であった。
 勢いよく首を横に振った大佐はその後、順調すぎるほどの仕事量をこなして、定時に帰宅したという。その横顔が少々やつれて見えたというのは風の噂。

 さて。
 途中まで楽しそうにそんな二人のやりとりを見ていた兄弟の感想は。

「やっぱり中尉の笑顔ってステキだよね〜♪」
「サイッコーだなv」

 そして。

「大佐も意外なとこで抜けてるよな〜」

 煙草をふかしながら、そんなコトを言った男もいたとか。


 【END】
* * *
6-ハリセンと私

「あら」

 転がるサイコロの目が【6】と出た瞬間、まるで波が引くように部屋の中から人気が絶えた。
 軍人として相応しい、実に見事な状況対応であった。
 転がるサイコロを食い入るように見つめながらも、いつでも逃げ出せるように身構えていたおかげだろう。

 とはいえ、逃げ出したくても、逃げ出せない男が約一名。

「【6】が出ましたね。大佐」
「そのようだな…」

 顔色は悪く、かすかに頬が引きつっていた。
 そんな上司の様子にちょっと笑って、中尉は机の上に残されたハリセンを取り上げた。
 それを持ってきた兄弟の姿も既になく、部屋の中には大佐と中尉の二人きりになっていたが、そんなことにも中尉が気にする様子はない。
 ただ軽く振ったハリセンが『ビュンッ』と音を立てて鋭く空気を切った。

「ちゅ、中尉…」

 いくら得意な得物が銃器類で女性であるとはいえ、軍人として相応に鍛えているホークアイ中尉である。
 力いっぱいハリセンで叩かれた日には…青あざで済むのだろうか?
 覚悟は決めてゲームにOKを出しておきながら、今さらのようにマスタング大佐は危惧を覚えた。

「これでしばきたおしても罪にはならないんですよね?」

 にっこりと笑って確認する中尉。
 日々の行いを省みるに、どー考えても、無事に済むとは思えなかったが、ここでは頷くよりない。

「それでは…」

 言うなり、風を切る音。
 ほんのすぐ耳元を通り過ぎたそれに、大佐の体は凍りついた。
 しかし、覚悟した痛みはない。
 代わりに背後の壁を叩く、痛そうな音が高く響いた。

「中尉…?」

 思いきりよく壁をハリセンで叩いた中尉は、満足そうに『ふうっ』と息をついて、苦笑した。

「本当に叩くと思ったのですか?」
「いや…その、約束だろう?」
「大佐は叩かれたかったのですか?」

 からかうように告げられたセリフに、大佐は即座に否と答える。

「まさかッ」

 その反応に中尉はクスッと小さく笑う。

「非常に魅力的な罰ゲームではありますが、大佐が明日、欠勤などということになったら私も困りますから」
「…コワイことを言わないでくれ」

 思わずというように額を押さえて、大佐。
 それでも、ホッとしたように肩の力が抜けるのが傍目にもわかる。
 そんな彼の耳元を再び風を切る音が響く。
 今度、鳴ったのは机を叩く音だった。

「中尉?」
「一応、大佐は叩かないことにしておきます」
「………?」
「ですが、あなたが欠勤にならない程度になら、有り得るかも…ということです」
「------ッ!!」

 瞬間、がばっと机に向かった大佐はその後、順調すぎるほどの仕事量をこなして、定時に帰宅したという。
 その頬にかすかに走る赤い跡が見えたようだとは風の噂。

 さて。
 部屋の外、扉の隙間からそんな二人のやりとりを見ていた兄弟の感想は。

「やっぱり中尉ってやさしい人だよね〜♪」
「遠慮せず、ビシバシぶったたけばいいのに」

 そして。

「ハリセン…直接、叩かなければ使えるわね」

 思慮深い瞳で紙製の得物を見つめ、そんなコトを呟く人もいたとか。


 【END】
* * *




〜賽を振れ☆〜
ずいぶん前に掲示板で書き殴っておきながら、中途になっていたお話です。ごめんなさい(^_^;)
書き始めた時からラストまでの道筋が見えていました。ただ、何パターンかあるのでどうするかなーって思っていて。
今回、2つを選択形式で用意しました。
ちなみに…
2だとやさしい言葉の中に巧みな嫌味を混ぜた中尉にいたぶられ、3だと褒め殺し。そして4と5はそのまんまという…何を引いても大佐にとっては貧乏くじなわけで。
そこまで考えて東方司令部を訪れたとするなら、エルリック兄弟もまた手強いヤツらなのでした☆