「本当にどこに隠れてるのかしら」
東方司令部をぐるりと一周、侵入可能なあらゆる部屋を探索し終えて戻ってきたホークアイ中尉が苛立たしげに言う。
その手には書類の入った封筒が一つ。
「これだけは今日中にってあれほど念を押したのに」
見つけたらただでは済まさないと、怒りのオーラを漂わせる相手の様子にハボックは肩を竦めて応えた。
「それだけ探してもいないってことはもうココにはいないのかもしれませんよ」
そう、東方司令部の中にはもういないのかもしれない。
…と、上官探索を適当に切り上げて戻ってきた彼は言っておくことにした。
「でも、出入り口の検問所を通った様子はなかったわ」
「あの人のコトです。抜け道のひとつやふたつあるんでしょーよ」
「勤務時間中の無断外出なんて、バレたら軍法会議ものよ。さすがにそこまではしない…と思いたいんだけど」
だからこそ、貴重な時間を削ってまで司令部内の探索を行ったのだが。
相変わらず部屋の主を失ったままの執務室で、中尉は深くため息をついた。
「諦めたほうがいいんじゃないすか?」
相手はサボりにも段々磨きがかかってきているマスタング大佐である。
本当は、探すだけ無駄…というか、野郎なんぞを一所懸命探すコト自体が人生のムダだとハボックは思うのだ。
しかし、「そういうわけにもいかないわ」と中尉は言う。そして、何か考えるように首を傾げていた彼女はふと思いついたように口を開いた。
「ところで、少尉」
「ハイ?」
「あなたが大佐から目を離した時間って、ほんの1、2分だと言っていたわね」
その隙にまんまと相手を逃がしてしまったハボックとしては苦い思いを噛みしめながら、頷く。
「ええ、そうっすよ。ここの扉のところで、届けられた報告書を受け取ってサインして振り返ったら、窓が開いていて…」
「大佐はいなかった」
「ハイ」
状況はそうでも、正直言って、この間に大佐が執務室から脱出できたなんてハボックもまだ信じられない。
それに一番気になるのは…。
「で、窓の下や周囲にも大佐の姿はなかったのね」
「ええ」
そんな早業がいくら大佐であっても可能かどうか、大いに疑問であった。
「あなたの話から考えると大佐がこの部屋を出て逃げた…というのは少し無理がありそうに思えるんだけど」
中尉も同じ結論にたどり着いたように言う。
つまりは、彼女もまた自分と同じコトを考えているのだとハボックは気づいた。
「少尉、もしかしなくても、この部屋に”隠し部屋”なんて作られている可能性はどれくらいあるかしら?」
考えれば考えるほど、そうとしか考えられない事態ではあるのだが。
後々のことを考えれば、まさか自分からそんなコトを言い出すわけにはいかず。また、『ぜったいありそうですよね』なんてセリフを今吐くわけにもいかないハボックは苦笑するしかなかった。
「さあ…どうでしょうね」
「この辺の壁を掘ったら、大佐が隠れていたりしてね」
手近な壁をとんとんと叩きながら、悪戯っぽく笑って中尉が言う。
しかし、その目は本気だ。
等価交換の範囲であれば、物質の破壊と生成ができる錬金術師。
適当な場所に穴を開けておいて、そこに元と同じ壁を作ってフタにするコトなど簡単にちがいない。
「少尉、ちょっと道具置き場からツルハシを持ってきてもらえるかしら?」
確かに名案ではあるのだが。
ツルハシにぐっさり刺された上司の姿が思い浮かんでしまうのは、単に自分の想像力が豊かすぎるせいだろーか?
「中尉、本気っすか?」
「あら、私は本気よ。大佐を捕まえられるなら穴のひとつやふたつやみっつ…後で埋めればいいコトだし」
爽やかすぎる笑顔で中尉は言いきった。
これは彼女がかなり怒り心頭にキている証拠でもある。
仕方ないなあとハボックは頭を掻きながら、
「一つ提案なんですけどね、中尉」
極めて真面目ぶった顔つきで、真面目な中尉を見返した。
「仮に大佐がこの部屋のどこかに隠れてるとして、もっと簡単に大佐を見つける方法があるとしたらどうします?」
「え?」
意外なコトを聞いたと驚く中尉を覗き込み、彼はもっともらしく説明する。
「ほら、大佐って自分がサボるのは構わないくせに他人がサボったり、遊んでたりするのって嫌がるじゃないですか」
「ええ、そういう人ね」
迷わず力強く頷く中尉に対し、
「ま、多少問題のある方法なんですけど…」
と、ハボックは少し困った表情を作るのも忘れない。
「大佐が見つかるなら、多少の問題なんて目をつぶるわ」
そんなコトはなんでもないと切り上げる中尉に、「じゃあ」とハボックは頬の筋肉を引き締めながら言葉を続ける。
「それじゃあ、ひとつオレとキスしてみませんか?中尉」
「!?」

「だって、自分の部屋で他人がイチャついてるなんてあの人が一番嫌いそうなコトだと思いません?」
驚きに一瞬、目を見開いていた中尉の顔にすぐさま真剣さが戻る。
たかが戯れ言のようなこの作戦の成否を彼女が本気で考えているのは確かだった。
「もし、これで大佐が捕まらなかったら、オレ、今度晩飯おごりますから」
晩飯などキス一つの重さに釣り合うハズはないのだが。
多少、他人とは考え方を異にする女性はハボックの期待を外さず、こう言って応えたのだった。
「ファーストフード以外でお願いね」
*
この日、ロイ・マスタング大佐の執務室にて。
床下に作られていた穴はそれを作った本人の手できっちり埋めなおされ、またそこに持ち込まれていた毛布と枕も撤去されたという。
そして。
「あとちょっとだったのになあ…残念」
という呟きは、こっそり秘かに。
誰の耳にも届かぬところで呟かれた。
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