『大切なあの人に贈り物を』


 この時期よく見かけるキャッチフレーズ。
 それに罪はないと思う。
 悪いのはそれにつられて、渡す当てもないプレゼントを買ってしまう自分自身なのだから。
「バカね…」
 ”あの人が大切”
 そう思ってしまうのは認めるしかない事実だと。
 諦め混じりに納得してから、ずいぶん時間が経った。
 でも。
 今の位置関係が最良のモノだと思うから。
 そんな自分の気持ちを相手に知ってほしいなんて思わない。
 だから、これまでだって必要以上の関わりは持たないようにしてきたというのに。
「どうしようかしら…」
 綺麗に包装された箱を見つめ、彼女はため息をついた。

 *

「おはようございます。中尉」
 たとえ、すっかり日が落ちていても慣例のように繰り返される挨拶。
 寒々とした司令部の廊下で後方から声をかけられ、ホークアイは立ち止まった。
「おはよう。ハボック少尉」
 一番星どころか無数の星が夜空に浮かぶ時間に告げるには不似合いな言葉だが、それに対する違和感など失って久しい。
 彼女はいつものように応えながら顔を向け、そこにいた少尉の格好に思わず目を見張った。
「どうしたの?それ」
 軍服の上に漆黒の分厚いコート。
 支給品であるそれはホークアイの身につけているものとなんら変わりない。ただ、その上から巻かれたマフラーの色彩が見た者の意表を突くようなカラフルさで。
 しかも、ピンクに赤、白、黄色といった明るい毛糸で編まれたそれが襟元から顎まで包帯のようにぐるぐる巻きにされている…となれば、お世辞にもカッコイイとは言えない。
 少尉もわかっているのだろう。苦々しく唇を歪めて、
「賭に負けた罰ゲームってとこです」
 はああ〜っと疲れたような吐息をついた。
「プレゼントじゃないの?」
「ぜんっぜん!まったく!絶対!!にありえないことっすよ。コワイこと言わんでください。イヤな想像したじゃないですか」
 彼がどんな想像をしたのかまではわからないものの、その必死の様子にホークアイはつい笑ってしまった。
「そんなに嫌なら外したら?」
「外したらペナルティ追加なんす」
「ペナルティね…。賭って言ってたわね。どんな賭をしたの?」
 罰ゲームの内容からして、遊び混じりのたわいのないコトなのだろう。
「別に。つまんないコトっすよ。それより問題はコレ、つけて家まで帰れってんですよ?」
 通常勤務だった彼は夜勤のホークアイとの交代手続きがすめば勤務が終わる。
 周りは既に闇が落ちていたが、それでも彼の格好は人目を引くに違いなかった。通り過ぎゆく人々のギョッとする顔が目に浮かぶ。
「それは…災難ね」
「他人事だと思ってんでしょう、中尉」
 くすくす笑うホークアイを見る少尉の目は少し恨めしそうだった。
 それでも…
「ちがうかしら?」
 ホークアイがそう聞くと彼は『まいったな』というように頭を掻いて、苦笑した。
「まあ…そのとおりなんですけどね」
 そのまま『行きましょうか』と促され、ホークアイも少尉と並んで再び歩き始める。
 スッと冷たい空気が頬をかすめたが、襟元まで冷えることはない。
 それは着込んだコートのおかげだけではなくて…。
「中尉にしては珍しいっすね、それ」
 なんの前触れもなく降ってきた言葉に、ホークアイはドキリとする。
 いつ誰に言われてもおかしくないと想定していながら、ちょうど隙を突かれた感じで…。
 内心の動揺をポーカーフェイスで隠し、彼女は小さく笑った。
「…ええ。たまにはこんなのもいいかと思って」
 首周りに無造作に巻いたマフラーに手で触れる。
 マフラーをすること自体はこの時期、さして珍しいことではない。
 なのに珍しいと言われてしまうのは色が原因だった。
 闇にも浮かび上がる『白』。
 それは少尉のマフラーにも負けないくらい、暗い色彩の服の上でひどく目立っていた。
「誰かからのプレゼントっすか?」
 普段の彼女なら決して選ぶことのないモノ。
 そうと知る少尉はごく定番の問いを投げかけてくる。
『やっぱり今日みたいな日はそう思うものなのかしら?』
 なんだかそのコト自体が可笑しくて、ちょっと笑ってしまう。
「いいえ。そんなのじゃないわ」
 本当は。
 『誰かから』ではなく、『誰かへ』贈るために用意したモノ。
 でも、それを告げる気はさらさらない。
「気分転換も兼ねて、自分で買ったの」
「へー、そうなんすか。でも…」
「でも?」
「いえ…今夜の巡回にも着けてくんですか?」
 わずかに目を細め、迷うように言葉を選ぶ少尉が何を言いたいのか、彼女にはわかっていた。
 わかっていたから、あっさり笑って「まさか」と返す。
「目立ちすぎるもの。これは外していくわ」
 軍人を嫌う民間人も多い。
 そんな人々の前で『軍人がここにいる!』とわざわざアピールするのは愚かなコトにちがいない。相手に余計な刺激を与えるような要素はなるべく減らしておくのが常識だった。
「そうっすよね。置いていく、ん、なら…」
「少尉…?」
 ふいに立ち止まり、真剣な顔つきで腕組みする相手の様子にホークアイも足を止めて振り返る。
 その時、ちょうど廊下の向こうからやってくる人影が視界に映った。
 距離的に顔はまだ見えない。
 それでも、その人が誰で、今不機嫌らしいというのを彼女は相手の歩き方から察知した。
『また何を怒って…』
 いるのかしら、と怪訝に思う。
 そんな状況だったから、
「中尉ッ!」
 思いのほか大きな声に気がつくと、もうほんのすぐ間近にハボック少尉の真剣な顔があって。
 彼女は反射的にのけぞりそうになった。
「しょ、少尉…?」
 やけに切羽詰まった気配を感じて、戸惑う。
 しかし、続いた言葉は彼女にとって意外なシロモノで。
「お願いがあるんすけどっ」
「え?」
 目をしばたく彼女の前で少尉は思いきったように口を開いた。
「中尉のマフラー、オレに貸してくれませんかっ」
『マフラー…?』
「こいつ隠すのに上から巻いたらマシなんじゃないかと…」
「ああ…」
 ナルホド、と思う。
 どうせ今夜は使う予定のないマフラー。
 それなら別にいいか…と頷こうとした彼女の目の前で、ドカッとという音と共に少尉の姿が消えた。
 いや。
 正確には消えたと錯覚しそうな勢いで、少尉は床に倒れ伏していた。
「少尉ッ!?……って、大佐!?何やってるんですかっ」
 今まで少尉が立っていた場所に平然と佇む黒髪の男は、コワイくらい爽やかな笑顔で「おはよう、中尉」と告げた。
 それでも経験上、彼が内心怒っているのだとホークアイは知る。
「何を怒ってるんですっ!早く足を…」
「中尉、このマフラー、君が使わないなら私が借りても構わないな」
「は…ええっ?」
 固いブーツの下で呻いている少尉に気を取られていた中尉は、言われて初めて、自分の首もとからマフラーがなくなっていることに気づいた。
 そして。
 持ち主の返事も待たずにさっさと自分の首に巻く相手のふてぶてしさに呆気に取られ、言葉を失う。
「うーむ、さすがによく似合う。これなら目立つから、チンピラ共にはイイ牽制になるかもしれないな」
 廊下の窓ガラスに映る自分の姿を見て、自画自賛。
 彼は実に満足そうな笑みを浮かべ、更にこう言うのだった。
「よければ中尉、このマフラー、私にくれないか」

 *

 『大切なあの人に贈り物を』

 それは一応…たぶんきっと達成できたのだと彼女は思った。
 どさくさに紛れて、ほとんど強引に奪われたカタチではあったが、結果的に渡せたプレゼント。
 ただ…。
『…………』
 何かが間違っているような気がするのは…気のせいだろうか?とも思う。
 でも。
「我ながら、白も良く似合う。そう思わないか?中尉」
 自分が用意したマフラーを毎日つけて、満足そうに言う相手の姿を見るのはなんとなくうれしくなることだった。
「似合うだろう?」
「ハイハイ。何度も同じコト聞かないでください」
 子供じゃないんですから。
 それに。
『似合って当然です。
 だって、それはあなたの為に選んだものなのですから』 
 決して声になることのない想いを胸に隠し、彼女はいつもどおりの素っ気ない口調で応える。
「よくお似合いですよ。大佐」
 と。

END