十二月、東方司令部内で秘やかに囁かれた噂があった。


 
 あのホークアイ中尉が
 紳士服店でプレゼントを買ってたらしいぜ
               


 その現場を目撃した者の証言によれば、こうだ。
 クリスマスを十日後に控えたその日、休暇を取っていたホークアイ中尉は入った紳士服店にて数点の男性用商品を購入し、包装および配達を指定していた。雰囲気からして家族への贈り物と思われた。
 それらの用を済ませ、店を出ようとしてある商品の前で立ち止まった彼女は少し考えた末にそれを購入し、プレゼント用に綺麗に包装された物を持ち帰ったという。


 げに怖ろしきは人の好奇心。
 その時、中尉が購入した品物が何であるかまで明言されていた。


「白のマフラーねえ」
「中尉にしては珍しい選択だな」
「前に嫌いだっていってなかったっけ?」
「や、じゃなくって、街なかでの巡回なんかの時は目立つからやめといたほうがいいっつって…誰かに注意してた気がするな」


 当の本人がいないのをいいことにそんな戯言が繰り広げられる。
 女は噂好きとよく言うが、噂話が好きなのは男も女も関係ないよな…と聞こえてくる話の内容にハボックは苦笑した。
 まあ、詰め所で黙々と報告書やら何やら書き続けるというのも飽きがくるものだ。これくらいの軽口なら許されるだろう。
 実際、話に加わっていないとはいえ、ハボックもまた書類を書くペンの代わりに煙草を指に挟んでのんびり煙を吐いていた。
 天井へと上る煙が白い。
「………」
 間近でかわされる会話にはあまり興味がなかった。
 いや、興味がないどころか、あまり聞きたくない話だった。なのに、
「な、ハボックはどう思う?」
 そんな風に話を振られ、ハボックは思わず顔をしかめた。
「ああ?」
「プレゼントの相手だよ」
 またソレかよ、と喉をついて出そうになった言葉を煙草で封印する。
『中尉の買ったプレゼントが誰宛てなのか』
 噂を聞き知る誰もが気にしているのは、正味、この一点に違いなかった。
 そして、中尉の下に就くハボックに興味津々と尋ねてくる。
 しかし、それを同じ環境下にいる同僚までもが繰り返してくれるというのはどういうコトなのか。
「どうせ家族用ってとこだろ」
 脱力しながら、気のない返事を返す。
「つまんねえこと言うなよ。それはナイだろーが」
「そーだった…っけ」
「おうよ。家族の分は別に配達指定されたってー話だったろ」
 で、一個だけ別に持ち帰り。
 意外に詳しい噂話に、ハボックは思わず舌打ちしそうになった。
 所詮は単なる噂話。
 到底、アテになる話とは思えない。
 が、もし仮にこれが真実であったなら、中尉としては珍しい『失態』だと言わなければならなかった。
 それとも現場の目撃犯がとてつもなく優秀だったのか。
 こんなくだらない噂話をばらまかれるなんて、あの人らしくもない。
「やっぱ決まったも同然だと思うか?」
 その言葉が暗に指し示すのは、とある人物のコト。
「さあ、どーだろな…」
 少し、腹が立った。
 噂の核ともなる最有人物、その人物のいつもの余裕綽々とした態度を思い出すにつれ、その腹立たしさが増す。
『これ以上、あの人がイイ目みるなんて、世の中間違ってるぜっ!』
 もてない男のひがみが入っているのは重々承知の上で、それでもそう思わずにはいられない。
 まあ、ホークアイ中尉の買い物が大佐宛だと決まったわけではなかったが、意地悪な気持ちを覚えるのは確か。
「お、出かけるのか?」
「報告書できたから、大佐に判をもらってくる」
 あとで何かのついでに持って行こうと思っていた報告書を手にして、彼は席を立った。

 *

『ん?』
 見慣れた扉の前に落とし物…いや、リボンのついた箱を見つけてハボックは眉をしかめた。
 銀色ツリーの模様が入った白い包装紙に赤いリボン。
 この時期、こういうことはよくあることだ。本人に直接手渡す勇気のない者たちが置きプレゼントをしてゆく。
 ここでその存在を抹殺するのは容易いが、後のことを考えたら、素直に届けるのが無難だろう。
 いつものように扉をノックをしてハボックは名を告げた。
「ハボックです。入ります」
 部屋の中にいたのは黒髪の上官一人だった。
 監視役のホークアイ中尉がいないせいか、椅子に座ったまま、ぼんやり窓の外なんか見ていたりする。
「大佐、報告書に判子ください」
「ああ、その辺に置いておけ」
「………。あと、お届けものですよ。扉の前にありました」
 そこでくるりと体ごと振り返る大佐の精神構造にハボックはこぼれそうになるため息をぐっと堪えた。
 上官相手に『イイ性格してるぜ』と思うのはこんな時だ。
「カードはついてないな」
 箱を受け取り、大佐は言う。
 ということは、送り主も、受取人もハッキリしないことになる。ただ、この部屋の前にあったということは、受取人は大佐に間違いないハズで…。
「ふむ。軽いし…まあ、爆発物ということはなさそうだな」
 幸い、軍部内のこんな場所まで危険物がたどり着く可能性は低い。それくらい警備なり厳重であるのは確かだ。
 大佐はためらうことなく、包みを解いた。
「あの、大佐、オレの判子…」
 嫌がらせですか?とハボックが思っても仕方がない所業であった。が。
「ウッ」
「えっ!?」
 箱の中から出てきたモノに、二人して息を呑んだ。
 それはマフラーだった。しかも、ピンクに赤、白、黄色といった明るい毛糸で編まれたそれは男二人には受けつけがたい色彩をしていた。
「はー、大佐ってこんなのもつけるんですかー」
 と、こぼしたハボックの頭を拳で一発、大佐は「そんなわけがあるかっ!」とどなった。
 しかし、このような色のものを身につけてもおかしくない人物は誰かとなってくると可能性は一つしかなく…。
『…ってことは、中尉宛?またなんだって、こんなトコに置いとくんだよ』
『つまりは中尉へのプレゼントというわけか!?どこのどいつだ。しかも、趣味が悪い!』
 最後のソレはかなり私情混じりだっただろう。
 明るく可愛いイメージのマフラーは、ホークアイ中尉のふだんの装いにない色だったが、つけてみたらけっこう可愛く似合うに違いなかった。
 数分の沈黙後、
「本当に、くだらんことをするヤツがいる」
 がさがさと包装紙を丸め、忌々しげにマフラーを箱に入れ、そのすべてを引き出しに突っ込むマスタング大佐に、ハボックは何も言わなかった。
『証拠隠滅』
 この場合、受取人の指名もナシに扉の前に放置したヤツが悪い、ということで暗黙のうちに片がついた。
 本当に自己中心的な性格だよな〜とハボックは思う。
 こういう男がもしかしたら中尉からプレゼントをもらって、これ以上、幸せな目に遭うってのもなんだか気に入らない。
 気に入らないから、やけっぱちで話を振ってみたりする。
「そういや、大佐。アノ噂、聞きました?」
「噂…?」
 とたんにピクリと反応する大佐。
「そうッス。中尉が買ったっていうマフラー、誰宛のプレゼントかってので、みんな盛り上がってるんすよね」
 その視線が少し落ち尽きないように見えるのは、たぶんハボックの気のせいではない。
「ほお、で、予想はどうなっているんだ?」
 特に興味もなさそうな声。
 何気ない振りを装いたいのだろうが、しかし、机に触れる指先が落ち着きなく机の表面を叩いていた。
 それに気づいていながら、ハボックはずばり、
「そりゃあもちろん、恋人でしょう!」
 と言って、またげんこつを食らった。
「ッたー!なにするんスか、大佐」
「中尉に恋人はいない。しいて言うなら、仕事が恋人だそうだ!くだらんことを言うな」
 イライラした答え。
 ハボックは痛む頭を押さえて、一歩下がった。
 ことある一点に関しては心が狭くて、感情的になるから困った上官だと、まあ、わかっていて仕掛けながらもハボックは改めてそうと思い知る。
「まあ、その次に有力なのは、大佐にじゃないかってヤツですけどね」
「そ、そうか…」
 とたん、頬を緩ませる大佐。
 彼は心が狭くて、感情的で、しかも意外に単純にできていた。
「いつもお世話になってる人にってことだろうって話ッス」
「………」
「でも、中尉って大佐のお世話になってるって感じじゃないですし、それも違うか…って、大佐!本当のことでしょうがっ」
 ごく自然な動作で発火布製の手袋を取り出した相手に、ハボックは慌てて油断無く身構える。しかし、攻撃はこなかった。
「大佐?」
 動きを止めたまま、奇妙な沈黙を続けるマスタング大佐の様子をおそるおそるうかがう。
 よほど堪えたのだろうか?
 でも、あれくらいで?
 とにかく、ここでついでにトドメを刺しておくことにした。
「あの、まあアレです。別に大佐以外の野郎がもらうことになっても、まあ、そういうこともあるだろうし、仕方がないことッスよね」
「そんなわけあるハズがなかろうっ」
 ぶん、と飛んできた拳を今度は余裕でかわす。
 軍人としては優れているくせに、時々、愚かなほど一途な上官。
「じゃあ、大佐は中尉のプレゼント、誰宛だと思ってるんです?」
 それは意地の悪い問いだとわかっていた。
「うっ…それは無論」
 言葉に詰まる大佐。
「やっぱり中尉は誰か想う男がいて…」
「だ、黙れ黙れっ!彼女のプレゼントはだなっ」
 そこで一つ息を吸うと、彼はこう断言した。

「中尉自身のモノなんだっ!」

 ハボックは大佐がホークアイ中尉に対して、らしくもなく片思いで本気なのを知っていた。
 肩で息をしながら堂々と言い切った相手をまじまじと見つめる彼の口からは、深いため息がこぼれた。
「大佐…」
「何も言うな…」
「それでいいんスか…」
「うるさいっ!それこそが真実だ」
「………」
「………」
「そこまで言いきるなら賭けましょーか?大佐」
 たぶんきっと、いくら憎らしくても、憎みきれないのはこの人のこーゆう所を知ってしまったせいだろうとハボックは思った。

 *

 さて、クリスマス当日。
 出勤してきたホークアイ中尉は遠くからでもハッキリとわかるほど真っ白なマフラーを巻いていた。
 どうやら噂の中のアレであることは間違いがないようだった。
 が、その結果に呆然としたのは、東方司令部内で密かに行われていた賭に負けた者たちだけではなく…。

「賭に勝ってよかったッスね、大佐。
 勝ったんですだから、そんな辛気くさい顔しないでくださいよ」

 とため息混じりに呟く声もあったとか。

END








い、一年前に書いてた「贈り物」の裏話です(^^;)
半分書いて、時期に間に合わなくて、放置したままでした〜。
どうってことない、でも、アノ話に出てた賭とかはこれなんだ!ということです。
で、これがわかると「贈り物」での大佐と少尉の本意がわかるかも…?
という、ああ、やはり書いておくべきお話でしたね。すみません。

カラフルマフラーの送り主は誰だったのでしょーか?
考えてなかったけど、ヒューズ中佐あたり良さそうな気がします。いたずら好きそう(笑
セントラルから送って、誰かに指示して、大佐の扉の前に置いてもらう、とか。

久々に文章、三人称だよ!と思いつつ、なんとか仕上げ〜。
途中から、大佐、ハボック少尉にからかわれまくっております(苦笑
うーん、ちょっと違う関係になっちゃったかな〜と思うのですが、証拠隠滅で協力する(?)二人がなんか好きです。