| *** 「桜」 * |
「もうすぐ春ね」 楽しそうに弾んだ声で少女が言った。 「春は好きか?ユイ」 そう尋ねると少女は髪を揺らしながら振り返り、屈託なく笑って応えた。 「うん!あったかいのも好きだし、それに、きれいなお花がたっくさん咲く季節でしょ♪」 「…ああ、そうだな」 あたたかくて、きれいな花がたくさん咲く『春』が好きだと少女は言う。 そんな気持ちのすべてを彼が---コムネット世界の住人であるシンクロが理解することはできなかった。 あたたかくて、きれいな花が多く咲くネットなら数え切れないほど存在するコムネットでは、春夏秋冬の季節もまたあってないようなものだ。 その中で季節としての『春』を限定し、それを待ち望むような感覚を彼は持ち合わせない。そんな感覚の違いもまた、現実世界とコムネット世界の住人における相違点の一つだっただろう。 「お休みにはパパたちと一緒に毎年、お花見に行くの♪」 「お花見か…」 「うちのパパったらお酒飲む前からテンション高くて。カラオケのマイク放さないのよね〜」 「ああ、いるな。そういう花見客って」 ちょっと笑って相槌を打つ。 実際に花見をしたことはなかったが、一年中、花見ができる『お花見ネット』の様子や一般情報からそれくらいのことはシンクロも知っていた。 しかし、それを少女は少し勘違いしたようだ。 「へえ、コムネットでもお花見ってやるんだ。なんだか楽しそうねっ」 楽しそうだと言われても、本当にそうなのかどうか、シンクロにはわからない。 それでも、少女の笑顔を見ていると…確たる経験などなにもないのに『楽しいもの』だろうと思えて。 彼は深く考えるまでもなく、答えを口にしていた。 「ああ、すごく楽しいと思うぞ!ユイ」 そんな彼の言葉に力を得たように、 「じゃあ、春になったらコムネットでもお花見しよう♪シンクロ」 『名案でしょ!』と楽しげな顔をして少女が応える。 「満開になった桜の下でねっ、お弁当広げて食べるの」 明るい笑顔が眩しくて、シンクロはちょっと目を細めた。 ほんの少しだけ胸の鼓動が早くなったように感じるのは、たぶんきっと気のせいなどではないのだろう。 「約束よ♪忘れないでね、シンクロ」 彼が『春』が来るのを待ちわびるようになったのはこの時からだ。 そして。 「ほんっとにすごく綺麗な桜ね!シンクロ」 すてき、すてきとはしゃぎながら言う少女の姿に思わずこぼれる笑みの傍らで、彼はこっそりため息を噛み殺した。 ずっと待ち続けた『春』というこの季節。 望み通りに満開の桜と満面の笑みを浮かべた少女を手に入れながらも、彼の心はやや曇り気味だった。 それがなぜかといえば… 「こらっ!フォロー。今日までに少しはダイエットせいと言ったであろうが」 「あ〜っ!それ、オレが食おうと思ってたんだぞっ」 「んー、ダイエットっておいしくなさそうな言葉だよね〜」 「まだシートは余分に用意してあるんだから、そっちに足したら?」 「花見ってったら、やっぱお酒よね〜」 「おい、フリーズっ!おまえ酒に弱いくせにそんな…」 わいわいがやがやと楽しくも騒がしく響く仲間たちの声。 「お弁当はたくさん用意してありますから、遠慮なく食べてくださいね〜♪」 「あら、ウィルス。今日はまた一段と暗いわね」 「…………」 「みんなっ、カラオケの用意は万全だ!!一曲目はオレがヒーローのナンバー曲から…」 「犬養のおじさまもカラオケいかがです?」 「うーむ、そうじゃなあ。しかし古い曲しか知らんしな」 「みどもはいつもの曲で勝負!するでありまするよ〜」 桜の花咲く木の下で、繰り広げられる『コレクターズお花見会』。 このメンバーで一般の人にも公開されている『お花見ネット』は目立つだろうと、特別に作られたネット空間での花見は人気が少ないぶんちょっと寂しいかもしれない…という当初の危惧を裏切り、そこはにぎやかこの上ない場所となっていた。 それは『お花見会』なら、望むトコロ!だったにちがいない。 しかし…。 「シンクロ、どうかしたの?」 すぐ左隣に座っていた少女に声をかけられ、シンクロはギクリとする。 「ん、なにがだ?ユイ」 「今日、なんだか元気ないみたいだけど…?」 心配そうに見上げてくる様子に、彼は慌てて否定の言葉を探した。 「な、なんでもないぞっ!ユイ。花もキレイだし、料理も美味いし、あんまり楽しいんでな。ちょっとぼんやりしただけだ…」 春に花見といえば、こうして仲間内での集まりになるのはごく当たり前のコトだったにちがいなくて。 花見に行こうと誘われたからといって、少女と二人きりで花見ができるんだと単純にそう思い込んでいた自分がどうかしていたのだ。 「本当になんでもないんだ、ユイ」 「ん、それならいいけど…」 間近で見返す瞳の中に『ウォーウルフ』の姿をした自分を見つけ、思わず「ウッ」と平常心が崩れかける。 「ユイちゃん♪こっちの太巻き、上手く作れていると思いません?」 「ん〜、どれどれ?」 タイミングよく掛けられた声とそらされた視線にシンクロは内心ホッと安堵の息をついた。 バグルスの浸食を受けて分厚い毛皮をまとった姿はまさに『狼』で、『ワンちゃん』なんて呼ばれてしまうこともある。 人間ではない自分が一人の『男』として少女の目に映る日が来るなんて夢また夢の話だ。なのに、そのうえこんな姿をしていてはそれ以前の問題になるわけで。 時々、胸を掴まれるような気持ちになったが、この時もまさにそうだった。 『それでも…』 「シンクロ!この太巻きの形ってば、見て見て♪」 「とっても可愛いでしょう〜」 「食べにくい…」 「えー、そうかなあ〜?」 「おぬしはどれも一口食いじゃろうが」 「お花の形に作るなんてレスキューらしいわよねっ」 わいわい騒ぐ仲間たちと一緒に楽しそうに笑いかけてくる少女。 その姿をほんのすぐ近くから見ていられるのは幸せなことに違いないと思うのだ。 だから、余計な暗い思考を振り払い、いつもの笑顔で応える。 「へえ、上手く作れてるじゃないか」 「ありがとうございます〜、シンクロさん」 「味もおいしいの♪」 言って、ぱくりと太巻きを食べる少女。 自分は仲間で、友達で…そして、ワンちゃんだった。 たとえそうでもこうして隣にいられるのなら、かまわなかった。 「ん、なによ、シンクロってばじーっと見て!あっ、もしかして、この太巻きがほしいの?だったら…」 そんなまるっきり見当違いの反応がなんだかおかしくて、シンクロは小さく吹きだした。 「ム。なによ、シンクロ」 「いや、すまんすまん。あんまり幸せそうな顔でうまそうに食ってたから、つい、な」 「な、なによそれ〜、あたし別にっ」 「うん?そういや、ユイ。こっちの料理もうまそうじゃないか」 頬を赤くした少女が暴れるより先に、目の前に広げられた料理へと無理やり話題をそらす。そして、彼は気ままに手近な料理をぽいぽい紙皿にのせていった。 「これとかこれとか。おっ、あっちのもうまそうだな」 「ユイも食うか?」と皿を差し出す頃には、機嫌を直した少女がくすくす笑って彼を見ていた。 「一度にそんなにのっけてどうするのよ、シンクロ」 ごちゃっと料理が山積みになった皿を見て、おかしそうに笑う。 その少女の手がふいにスッと動いた。 本当に何気ない感じで動いた指の先が軽くシンクロの頬に触れる。 『ユ、イ…?』 不意打ちだった。 どくん、と心臓が大きく鳴り、体が動かせなくなる。 しかし、そんな彼の変調には気づかない少女は引き戻した手をそのまま『ハイ』と彼の目の前にかざしてみせた。 「花びら♪」 細い指先につままれた淡い色の花びらが一枚。 シンクロは自分の身に何が起こったのかを、数秒遅れて理解した。 「あ、ありがとう。ユイ」 緊張の糸が切れ、どっと押し寄せてきた脱力感と戦う彼にはそれだけ言うのがやっとだった。片手の料理を下にぶちまけなかった自分をほめてやりたい。 しかも、ドキドキばくばくと鳴る心臓の音はなかなかおさまらず、この時ほど、顔色や表情を隠す分厚い毛皮に彼が感謝したことはない。 『心臓が止まるかと思ったぞ…』 この間、何秒の時間が過ぎたのかはわからない。 しかし、いつまでたっても自分を見ている少女の様子にシンクロが少し不安を覚えた時… 「毛が長いからかしら?シンクロってばあっちこっちに花びらくっついてるわよ。特にふさふさのしっぽなんて、花びらがいっぱい♪」 と言われ、反射的にささっとしっぽを反対側に引っ込めたことは幸い少女にも気づかれずにすんだ。 ただし…。 「あ、ほら、また」 ちょうど舞い落ちてきた花びらの軌跡を追う少女の視線は彼のすぐ近く、いや、まさに彼の顔のあたりで止まり、 「耳のところ」 くすっと笑って少女は再び手を伸ばした。 触れられるのが嫌なわけではないが、心臓とかイロイロ壊れそうな恐怖にシンクロは息を呑んだ。 ここで少女の手をはねのけるのも、逃げ出すのも不自然極まりなくて。 逃げ道を失った彼は『自分はワンちゃんだからっ!ワンちゃんなんだっっ』とわけのわからない呪文を懸命に心の中で唱えるほど精神的に追いつめられていた。 そして、もうダメだ、と思った時、 「そのへんでやめておきなさい。ユイ」 救いの声は意外にも彼のすぐ真横、少女とは反対側から響いた。 「年頃の女の子がそんな風に気やすく男のヒトの顔とか体を触るものじゃないわ」 静かに、でもキッパリと告げられた言葉。 近づいてきていた手が、ぴたりと止まるのがわかった。 そして… 「ア、アアア、アンティ!?」 ほんのすぐ近くにあった少女の顔が次の瞬間、真っ赤に染まる。 「おお、男のヒトって…って」 慌てた声は動揺で裏返っていた。 刻む鼓動の音までは聞こえない。 でも、たぶんきっといつもの倍は早くなっていそうだ。 そんな少女の反応はシンクロにとって意外なものだった。 『なに言ってるのよっ、アンティ』 と笑い飛ばされてもおかしくないと思っていたから。 自分は仲間で、友達で…そして、ワンちゃんだが、それ以外のものになれる可能性もゼロではないということだろうか? 思わずそんな期待を抱いてしまう。 少しずつ少しずつ変化してゆく時の先に、もしかしたら、いつか願いの叶う時がくるかもしれないと思ってしまう。 『ユイ…』 今は無理でも。 いつの日か、自分だけを特別に見てくれるだろうか? それが決してかなわぬ願いではないのなら、待ってみるのも悪くないと思えた。 「だーからっ!男のヒトだから触っちゃダメってのは変よっ」 「変じゃないわよ。そんな風に考えるところが子供…」 耳まで真っ赤にしてアンティに食ってかかる少女の姿を見つめ、彼はそっと微笑んだ。 そして、コムネットという無限に近い時のなかで彼は待ち続ける。 『いつか』という有限の時の訪れを。 桜咲く季節に手に入れた想いのままに。 |
| END |
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| 「桜」-キリ番企画からカイ様のリクエストでした☆ ふさふさワンちゃんでドキドキな恋人未満の二人! シンクロがコムネット世界の住人ということでそういう要素が入って、どうしてもほんのりシリアスになりがちなシンクロ&ユイちゃんのお話。 少女まんがちっくに淡い恋物語みたいな二人の関係がとても好きです♪ 「好き」の自覚はシンクロのが先だと思うので、こんな感じなのですね。 この二人でこの手のテーマを入れたお話はいつか書きたい!(でも無理だろう)と思っていたので良い機会だと、リクに混ぜさせていただきました。 コレユイ小説は他とはちょっと違う視点を混ぜて書けるのが面白く、またふだん使わない神経かき集めて考えるのが楽しかったりします。 とても素敵な課題をありがとうございました(^-^)! ただ、シンクロsideのため、リクエストのドキドキ度とふさふさ感があまり出せなかったのが心残り。 …という意味では失敗になるので、リベンジを検討中。 それからお花見会なら全員出してみようと台詞だけ並べてみましたが、どんな感じかご想像していただけたでしょうか? 上から、ピース、エコ、フォロー、アイちゃん、フリーズ、ジャギー、レスキュー、アンティ、ウィルス、コントロル、ハルナ、博士、アイアール…というのが最初の場面だったりします☆ |