願いごとひとつ【2】
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 場所は作戦会議室。
 そこを訪れた彼の顔はひどく意気消沈していた。
 しかし、そこで留守番役をしていたアイアールはかまわず、いつものようにふわんと飛んで彼に近づいた。
 ただ、泣きつかれたりしないように少しばかり距離はおいて。
「今日はもうみんな帰った後でありまするよ〜」
 アンティ殿も、なんて余計なコトは言わない。
「そうか」
 心ここにあらずといったようにそっけない返事。
 アイアールは彼の頬に赤い手形がうっすら残っていることに気づいたが、気づかないフリで両手に抱えていた物を彼の目の前に差し出した。
「コントロル殿のぶんでありまする〜。好きな色を一枚お選びくだされ」
 長方形に切ってある折り紙の束にコントロルが一瞬、不思議そうに目を細める。
「ああ、七夕の短冊か」
 こよりのついた色とりどりの短冊のなかから、彼はアイアールが予想したとおりに迷わず真っ赤な短冊を選んだ。
「よければここで書いて行ってほしいでありまする〜。みどもが集まった短冊を笹につり下げに行く係りでありまするから」
「…………」
「コントロル殿…?何を書くか決まらないのでしたら、別に後からでもかまいませぬし、それにご自分で笹のところまで持って行かれてもいいでありまするが?」
 黙ったままじっと短冊を見つめているコントロルを怪訝に思いながら、アイアールはそう提案してみた。
 しかし、コントロルはまるで魂が抜け落ちたかのように動かない。
 そこにシュン、と会議室の扉が開く音がした。
「アイアールさんっ。短冊、書けましたわ♪」
「レ、レスキュー殿」
 声にも足取りにも、うきうきと楽しそうな雰囲気を振りまいて現れた相手にアイアールは少し躊躇した。
 この状況は少しマズイのではないだろうか?
「あれ〜?コントロルさんじゃないですか〜」
「……………」
「短冊、握りしめちゃって。コントロルさんのお願いはやっぱり『正義の味方になりたい』っていうのですか〜?」
「え?」
「だ〜からっ♪ 『正義の味方になりたい』って書くんですよね?コントロルさんは」
「正義の味方って…え、えええええっ!?」
 ようやく脳ミソが働きだしたように、目をいっぱいに見開いたコントロルが抗議の声を上げた。
「俺はもう正義の味方になってるぞっっ」
「あら〜、そうでしたかしら♪」
「そうだ!俺は生まれた時から正義の味方だ」
 意気揚々と腕を振り上げ、そう宣言するコントロル。
「じゃあ、何をお願いするんですか〜?」
 にこにこにっこり、レスキューの笑みは崩れない。
「『アンティがやさしくなってくれますように』とか♪」
「え…?」
「だ〜からっ♪ アンティさんがもっとやさしかったらいいな〜とか思いません?」
「ええ!?」
「だって、その手形、アンティさんじゃないんですか?」 
「−−−−ッ!?」
 ずざざざざーっとひといきに壁際まで後ずさったコントロルはゆでダコのように真っ赤になって頬を押さえた。
「いや、ち、ちがうぞッ!断じてちがう!!こ、これはさっき階段から落ちた時にだな、柱にぶつけたせいで…」
 コントロルが図星を突かれて混乱しているのは誰の目にも明らかだった。
「柱にぶつけて手の跡ができるんですか〜?」
「うっ…」
 そんなやりとりに見かねたアイアールが割って入った。
「レスキュー殿、そんなにいじめては可哀想でありまするよ〜」
「あら、別にいじめているつもりはありませんわ。せっかくのお願いごとなんですから、かなってうれしいコトがいいじゃありませんか〜。だったら、コントロルさんはこれしかないかな〜って思ったんですよ♪」
「べ、別にっ!アンティは・・・・・」
 遠くの方からごにょごにょとコントロル。
「別に、どうかしましたか〜?コントロルさん」
「だ、だからっ…」
 ごにょごにょ。
「言いたいコトがあるならハッキリ言うありまするっ。コントロル殿」
 大きな目で睨み据えられ、コントロルはやけになったように勢いよく顔を上げた。
「だからッ!アンティはもともとやさしいヤツだって言ったんだっっ」
 鼻息も荒く言いきったところで、なぜか拍手が起こった。
「すごいですわ〜。愛を感じます〜♪」
「コントロル殿ってえらい人だったでありまするよ〜。みどもは感心したでありまする〜」
 アイアールは薄紫色した短冊が隠してある懐?を撫でながら、思わず感涙の涙を流していた。
 そんな二人にどう反応したものかと視線を彷徨わせるコントロル。
「え、ええとだな…」
 そこに改めて、ツッコミを入れたのはレスキューだった。
「でしたら、コントロルさんは短冊にどんなお願いごとを書くんですか〜? こうなったらぜひともお聞きしたいですわ♪」
「えっ?願いってその…え、えーと」
 コントロルは腕を組み、眉間にシワまで寄せて唸るが、いっこうに答えが出る気配はない。
「やっぱりアンティさんのことが頭に引っかかってたりするんじゃありません?」
「ということは、コントロル殿も本当はアンティ殿にやさしくなってほしいと思ってるでありまするか?でも無理ないでありまする〜」
「あら、アイアールさんもそう思っていらしたんですか?」
「コントロル殿がなんだか、すっごく、可哀想に思えてきたでありまするよ」
 すぐそばでこそこそかわされる会話に、コントロルの何かが切れた!ようだった。
「だあああああっ」
 ぶんぶん両腕を振り回し、そのまま彼は机の上転がっていた黒の極太マジックをつかんだ。
「あら♪」
「おおっ」
「………?」
「これは…?」
「これで文句はないだろっ!」
 堂々と胸を反らして言うコントロル。
 真っ赤な短冊に汚い字ででかでかと書かれているのは−−−

【超正義の味方】

「え〜と、これがお願いですか〜?」
「コントロル殿〜?これは七夕の短冊でありまする〜。本当にこれでいいんでありまするか?」
「いいだろう!『超正義の味方になる』だ!!俺の中に流れる正義の血はふつふつとたぎる溶岩ように熱く燃えてるぜー!!!」
 つまり、字が大きすぎて『になる』の3文字は短冊に入らなかったということらしい。
 まるで子供みたいな失敗に、もはやツッコミを入れる気にもならないのかレスキューは苦笑しただけだった。
 アイアールも「これ以上望んではいけませぬ」とこっそり呟き、気持ちを切り替えるようにコントロルへと向き直った。
「では、これを笹につるしていいんでありまするね?」
「ああ、かまわないさ。だが、天にも届くこの俺の気持ちを表すならやっぱり笹のてっぺんじゃないとな!」
「どーして、わざわざそこまでしないといけないでありまするかっ」
「それじゃあ、仕方ないな。俺が自分でくくってくるさ」
 ニッと笑って、短冊をつかむコントロル。
 晴天さえ突き抜けてしまったような、少し不自然なくらいの爽やかさを残して彼は会議室を後にした。
「ちょっと変でしたね〜♪コントロルさん」
「変といえば、今日のレスキュー殿もそうでありまするよ。あんなことを真っ向から言ってはコントロル殿が可哀想でありまする〜」
「だって、だって、なんだか面白かったんですもの〜♪でも、今度会ったら、ごめんなさいって謝りますわ〜」
 まったく悪びれない様子にアイアールは小さくため息をつく。
「ご機嫌でありまするね。何か良いコトでもあったでありまするか?」
「ええ。短冊が書き上がったんですの♪」
 そう言ってレスキューは二枚の短冊をアイアールに差し出した。
「後はよろしくお願いしますね♪アイアールさん」
 レスキューの元気の素を受け取ったアイアールはふと机の上を見て、わずかに眉をしかめた。
「おや?どこかに落としてしまったでありまするか〜?」
 赤い色鉛筆が1本、なくなっていた。

*

 真っ赤な短冊に溶け込む同じ赤の色鉛筆。
 書きたい文字が入りきるよう大きな文字の端に小さな字を書き込む。
 
 笹のてっぺんで揺れる赤い短冊。


【〈アンティだけの〉超正義の味方】

 …になる。

 それが彼の短冊を飾ったひとつの願い。



END