| 永遠に続くのではないかと思える時間。 それに対して彼が不満や疑問を抱いたことはなかった。 どちらかといえば、永遠がどうのよりも平穏で単調な時間が流れてくれさえすれば、文句はない。 誰かと戦ったり、誰かを陥れたりするために頭を使うのも刺激的で悪くはないが、今はそこまで相手にしたいと思える存在がないのだから。 一番自分の能力を発揮できて、やりがいも感じられるコトなど一つしかない。 余計なコトは考えず、ただひたすらコムネットの問題処理などといった仕事を片づけてゆく。それは彼の存在価値に意味と安定をもたらすものでもあった。 だからこそ、仕事こそが今の彼にとっては何にも代え難いモノと言えたかもしれない。 「あなたもいい加減にしたらどうです?」 もう何度となく無遠慮な訪問をしてくれた相手に対して、彼は不機嫌極まりない顔つきのままそんな言葉を投げつけた。振り向くことさえ時間のロスだとばかりにデータ画面から目を離しもしない。 しかし、当の本人はいつもどおりにずかずかと彼の研究室へ入り込み、 「いい加減に、ってなんのコトだ?ウィルス」 何を言われたのかわからないとばかりの返事を返しながら、隣のデータ室まで一直線に部屋を横切っていった。その気配にウィルスは指を止め、サイバースコープに隠れた目をわずかに細める。 続くのは、驚きの声。 「うわっ、やっぱりここの蓄積量は半端じゃないな」 ウィルスが今までに手がけた莫大な数のデータが圧縮されてしまわれた部屋である。どこに何があるかなど部屋の主にとっては造作ないが、関係者でもない者にはまず検索をかけることすら難しいかもしれない。 「それをひっくり返したら、たとえあなたでもここから無事にお帰しできる保証はありませんよ。コントロル」 「ハッハッハ。わかってるさ」 高らかな笑い声の影で、コントロルの指があわててデータファイルから離れるのを見定めてウィルスは再び指を動かし始めた。 「心配しなくても、今日はここにはいらしてませんよ」 カタカタと響くキーの音だけを耳で追いながら、呟くように告げる。 「つまり、わたしの研究室をいくら探したところでアンティはいないということです」 その言葉にコントロルが返事をするのにほんのわずかな間があった。しかし、返ってきたのはいつものようにわざとらしいくらい爽やかな声。 「じゃあ、ここにいてもムダだな」 邪魔したな、ウィルス。 もし、ここで振り向いていたなら、キラリと光る白い歯が見えたかもしれない。そんな風に思えるほどさらに爽やかぶりみせつけるような笑い声は単なる虚勢か、それとも本人が馬鹿なだけなのか。 しかしそんなコトなど自分には関係ない事だと思いながら、ウィルスは去りゆく背中に忠告する。 「わたしに用がないのでしたら、もうここにはこないでいただきたいですね」 仕事の依頼ですらなく、ただ単に騒動を持ち込むだけならば立ち入らないでもらいたい。 ごく当然の要求であったそれに、 「それは困った申し分だな」 まったく困った様子など感じさせない笑顔でコントロルはそう応えたのだった。 * ウィルスはキーボードから手を離し、回転椅子を回して体ごと相手へと向き直った。眉間のシワは彼の不快指数をあからさまに表していた。 「何が困るというんです?コントロル」 出口から外へではなく室内へと戻ってきた長身の相手をゆっくりと見上げる。見る者によっては威圧感すら感じるだろう彼のそんな態度にもコントロルはまったくこたえた様子がない。 「困るから、困るに決まってるじゃないか!」 ハッキリキッパリ爽やかにそう返され、ウィルスは口の端を引きつらせた。時々わけのわからないコトを正論だとばかりにぶつけてくる相手がいるが、まさにこのコントロルこそ当てはまるのかもしれない。 『そういえば、これまでまともに話をしたコトがありませんでしたね』 早くも頭痛のようなもの感じながらウィルスはため息をついた。 「とにかく、わたしはこれ以上、仕事の邪魔をされたくありません」 「そうか!仕事の邪魔にならなければいいんだな」 オレのことは全然気にしないでくれ。 勝手にさせてもらうから。 「…………」 沈黙の裏で、ウィルスは一瞬、本気で殺意を抱きかけた。 『この男はコレクターでありながら、真性の天然バカなのでしょうかっ』 まさかそんなハズはないだろうと思うものの、創造主の思惑を計るなど彼にも不可能なコトだった。 「ハッキリ言わせていただきますが…」 あなたの存在自体が目障りなのですよ、コントロル。 瞬間、衝撃を受けたように目を見開いたコントロルがふらりとよろめいた。 「そ、それは、昔は敵対していたとはいえ、あんまりなセリフじゃないかっ!」 そんな彼の態度にウィルスは言いようのない違和感を感じながら、冷たく言い捨てた。 「そういう問題ではありません」 言いながら、彼は自分がコントロルを不快に思うもう一つの理由に気づいた。 それは、何かにつけてわざとらしく見えてしまうコントロルの態度だ。本人が意図してのことか、無意識の結果なのかわからないまでもひどく不愉快なモノとして彼の目には映る。 だからといって、忠告したり、補正してやろうなどという気持ちにたどり着かないのがウィルスだった。 彼は改めて真正面からコントロルを見据えて、必要最低限の言葉を選ぶ。 「これ以上、あなたと話をする気はありません。さっさとお帰りください」 そして、もう二度とわたしの前に現れないでいただけますか。 「…………」 コントロルはそんなウィルスを怪訝そうに見返し、 「なんだ。怒ったのか?」 たいしたことじゃないだろう?とばかりに苦笑した。が、ウィルスの表情は動かない。 「お帰りにならないのでしたら…そうですね、実験してみてもよろしいでしょうか」 「じ、実験?」 「そうです。あなたのそれが仮面かどうか、叩き割って試してみたい、と思う程度の好奇心はわたしにもありますので」 「仮面ってなんのことだ!?…オレはそんなの」 焦ったように言う声は、冷たい針のような視線を前に途切れる。そして、訪問以来初めて、コントロルの唇からいつもの笑みが消えた。 「別に気にするほどのことじゃないだろ」 少しふてくされたように横を向いて、彼は肩をすくめてみせた。どうやら常の陽気さや大げさなリアクションはウィルスが半ば予測したように意識して作られた部分があったようだ。 しかし、それ自体を非難する気はウィルスにもなかった。 「確かに。うわべを飾るコトなど大なり小なり誰にもあることですからね」 まあな、と肯定するコントロルから目を離さず、ウィルスは言葉を続ける。 「ですが、あなたのソレはわたしにとって不快なのですよ。不要な言葉に不必要なオーバーアクション!実に無駄に満ちあふれた行為です。ええ、たとえ天然だとしても許しがたいですね」 天然でないならなおさらそうだ、という無言の訴えを聞き取ったかのようにコントロルはムッとした顔つきになった。 「じゃあ、なんだ?貴様の前では地をさらけ出せとでも言うつもりか」 バカバカしいと顔をしかめるコントロルに同意するようにウィルスは頷いてみせる。 「そんな必要はありません。要はあなたがここにこなければいいんですから」 「だーかーら、それは困ると言ってるだろうがっ」 何度言わせるんだ、とイライラしたようにコントロルは言う。しかし、そんな彼を見てますますわからないとばかりにウィルスは渋面になる。 『ここまでわたしに言われて、まだ食い下がりますか』 「そんなにアンティがお好きなんですか?」 ため息混じりにそう問いかけてみる。するとすぐさま噛みつくような答えが返ってきた。 「嫌いなわけないだろう!」 確かに状況をみるかぎり、当然の応えではあった。が、それが質問からほんのわずかに逸れた答えだとコントロルは気づいているのだろうか? それを問いただすべきなのか、無視するべきか。 ウィルスの取るべき道は決まっていた。もはや話すことはないとばかりにくるりと背を向ける。 「仕事が立て込んでいますからね。今日のところはもうお帰りください」 「今日のところは…ってことは、また来てもいいんだな!?」 うれしそうに弾んだコントロルの声はいつものモノ。そして、ウィルスが返事をする前に「じゃあ、またな」と挨拶だけを残してあっという間に研究室を飛び出す様は、まるで逃げるようだったと言われても不思議ではないだろう。 そうして、静けさを取り戻した部屋の中でウィルスは長い吐息を吐き出す。 「まあ…もう少しだけ様子を見てみるとしましょうか」 人格を持ったプログラムの特質を研究するのに有効サンプルかもしれませんしね。 たとえ正規の仕事のお邪魔虫だとしても、そう考えればまだ少し許せるかもしれない。 それにしても。 「本当に傍迷惑な人たちですよ」 山積みになって待ちかまえるディスクをちらりと見やり、彼は額を押さえてそう呟いた。 |