小さな電子音が止まっていた意識を揺さぶった。
 やがて停止した電子音に代わって、聞き慣れた声が響いた。
「た、大変でありまする〜っ!」
 遊園地ネットでコンパニオンロボットが暴れてるでありまする。
 至急、現地に直行でありまするよー。
 事件の発生を知らせる、そんな緊急連絡。
「了解」
 いつも通りの言葉を唇が刻む。
『行かなきゃ』
 自分はコレクターなのだから。
 ぐいっと涙を拭って、彼女は顔を上げた。
 そして、別の場所にいた彼もまた何かに背を押されるように駆け出した。
『ああ、行かなくては』
 オレはコレクターなのだから。
 
  *

「もうっ!二人とも遅いでありまするよー」
 騒がしいクリスマスソングの響く中、大きな目をしかめてそんな非難の言葉を投げるアイアール。
 遊園地のきらびやかな明かりを受けた彼の体は金属的な光を跳ね返していた。
「ああ?連絡受けて速攻で来たんだぞ?」
 訝しげに眉根を寄せるシンクロをちらりと見返す視線はいつになく冷たい。
「でも、事件はもう片づいてしまったでありまするよ。シンクロ殿」
「ええ!?だ、だって、ついさっきのことじゃない」
 驚きの声を上げたユイの前髪を遠慮のないため息が揺らした。
「それは先に到着していたみんなで頑張った結果でありまする。ユイ殿」
「みんなだと…?」
「って、じゃあ、みんなは?」
 きょろきょろと周りを見回すユイにアイアールは肩をすくめる仕草を見せた。
「中で遊んでるでありまするよ」
 パーティの二次会にちょうどいいというコトになったでありまする。
「ですから、ユイ殿たちもコレを」
 と、アイアールが差し出したのは目の前に建つ遊園地のパスポートカード。
「遅刻はよくありませぬが、今日はクリスマス…」
 ユイ殿たちもここで遊んでいくといいでありまするよ。
 アイアールは怒りの形相をにっこり笑顔に変えて、問答無用とばかりに二人の手へカードを押しつけた。
「えっと…でも…」
「別にオレは…」
 どこか気まずい雰囲気のなかで二人は戸惑いの視線をカードに落とす。
『首飾りのコト…シンクロになんて切り出そう?』
『黙っていた理由、ユイをうまく誤魔化せるだろうか?』
 そんな彼らの不安とためらいにアイアールは気づいてるのか、いないのか。
「みんなも遊んでるでありまする」
 みんな平等でなければ、先に入っているほうも気分を悪くしてしまいまするよ。
 遊園地で遊ぶのは権利があるからというより、義務だとばかりに彼は言いきる。
「そ、そうかもしれないけど…」
 そんな風に言いよどむユイを無視して、
「とにかくっ、みどもは用事があるので後で入りまするが…」
 二人はちゃんと中で遊んでるでありまするよ!
「って、ちょっと、アイアール!?」
「ま、待てっ」
 伸ばされた腕をするりとかわし、アイアールの小さな体は一瞬で闇に消えた。
「……………」
「……………」
 黙っていても許される沈黙と。
 何かを話さなければならない沈黙とがあるとしたら、この時ばかりは後者に属していたかもしれない。
「あ、あのな、ユイ」
「えっと、シンクロ…」
 二人は同時に声を掛け合い、思わず顔を見合わせた。
 そして、どちらが先に口火を切るかためらうなかでようやく決心したように口を開きかけたシンクロに、
「待って」
 ユイはそう言って、言葉を遮った。
「ユイ…?」
「あのね、もういいの」
 勢いよく、明るい声を出す。
 なぜシンクロがプレゼントの贈り主について黙っていたかなんて、彼女にはわからなかった。
 ただもう今はこれ以上、この件について深く考えたくはなくて。
 そう、一番大切なコトだけわかっていればもう十分な気がしたのだ。
「このペンダント、大事にするね」
 ありがとう、シンクロ。
 自分は何かから逃げているのかもしれないと思いながら。
 彼女は確かに胸に生まれたあたたかな想いだけを選んだ。
 そして、シンクロもまた同じ選択をする。
「そうか」
 それならよかった。
 言い訳も否定もせずに。
 ユイの笑顔にほっと息をついて、静かな笑みを返す。
「それじゃあ、まあ…せっかくだし中で遊んでいくか」
 いつもどおりの口調にユイも頷く。
「そうね。ばんっばん遊ばなくちゃ、もったいないわよね」
 行こっ、シンクロ。
 言って、彼女はシンクロの手を取った。
 触れあう感覚も、ぬくもりさえも現実世界そのままに。
「おい、何から乗るつもりなんだ?ユイ」
 彼は引っ張られるようについていきながら、小さな手を握り返す。
「そうねー、何から乗ろうかなあ」
「メリーゴーランドなんてどうだ?」
「えーっ、そんなのよりやっぱりジェットコースターよっ」
 いつものように和気あいあいとかわされる会話。
 それが”いつものモノ”ではないコトを知っているのは自分だけだと。
 そんな秘密めいた想いを胸の奥に隠して。
 彼らは相手がちゃんとそこにいるコトを、そっと確かめるのだった。



「それにしても、ほんっとうにじれったい二人でありまする」
 闇の中をふわふわ漂う彼はやれやれとばかりに頭を振った。
 その頭に小さな白い影が落ちる。
「雪、でありまするか」
 粋な演出でありまするね。
 どこか皮肉げな響きの呟きをもらし、彼は空を仰いだ。
「今日はクリスマス」
 ユイ殿。
 シンクロ殿。
 今日、二人が手に入れたモノは何だったでありまするか?
 うれしいモノ?
 悲しいモノ?
 それとも…。
「まあ、みどもにはわかりませぬが…」
 どうか、その笑顔だけはなくさないでほしいでありまする。
 吐息混じりの囁きは誰の耳にも届くことなく、雪のように淡く溶けて消えた。


 END