窓ガラスを通して差し込む陽の暖かさに、自分の部屋で茶を飲んでいた彼女はほうっと吐息をついた。
時折忍び込むすきま風はまだ少し冷たかったが、春がもう間近であることを感じる。
「ずいぶんとあたたかくなってきましたな。ヘリオン殿」
「ああ。洗濯物がよく乾くとセイラが喜んでおることじゃろう」
ヘリオンは手にした湯飲みをテーブルに置き、少し年の離れた茶飲み友達に笑いかけた。
「おぬしもこんなところでのんびりしておってよいのか?カイ殿」
修行にももってこいの日よりであろう。
常に道着をその身にまとい、暇さえあれば鍛錬を欠かさぬ男は「確かに」と笑う。
「しかし、こうした時間も貴重だと思いますからな」
戦いの日々の中、気持ちを穏やかにしてゆったりとくつろげる時間というのは思いのほか大切で必要なものにちがいない。
「そうじゃな」
ヘリオンは相づちを打ち、窓の外に目を向けた。
遠く見える山々は尾根づたいにまだ白く、雪が残っているようだった。それでも木々の枝には新しい葉が芽吹き初めている頃だろうか。
「…………」
交わす言葉もほとんどないままに、心地よく流れる沈黙をヘリオンは楽しんでいた。
と、彼女の耳に聞き慣れた声が飛び込んできた。その声は扉の向こうよりまだ先、かなり離れた場所からしているようだったが少しずつ近づいてきているようだ。
「休憩も終わりのようじゃの」
せっかくの時間を邪魔されたことに少しがっかりしながら、湯飲みをテーブルに置いて扉の方へと視線を投げる。そこに扉をノックする音が響いた。
「すいません。カスミです」
律儀さを感じさせる少女の声にヘリオンは『おや?』と思う。しかし、
「ビッキーだよっ。入っていい?」
すぐさま続いた弾むような声に彼女は苦笑した。
「おはいり」
「こんにちわっ!おばあちゃん」
外はすっごくいい天気であったかいよっ。
扉が開くや否やぴょんと飛び込んできた少女は遠慮なくそばまでやってくると、テーブルの上の菓子に気づいて目を輝かせた。
「わあ、見たことないお菓子だね」
「カイ殿からの頂き物じゃ」
「よければビッキー殿も食べなされ」
「ありがと。いっただきまーすっ」
「これ、そうがっつくでないよ。ビッキー」
いつもどおりの小言をこぼすヘリオンに少女は元気な返事を返す。それをにこにこ笑いながら見ていたカイは戸口にたたずんだまま、所在なげな様子でいる少女に気づいた。
「どうしたんだね?カスミ殿」
「あの…」
「ああ、いいから中に入っておいで」
「は、はい。失礼します、ヘリオンさん」
カスミが少し緊張しているらしいことはヘリオンにもわかった。
まあ、それも訪れる者の少ない年寄りの部屋であるから仕方ないかと思う。そういえばこの少女を部屋の中まで招き入れたのは初めてかもしれない。
「カスミも食べる?おいしいよ」
口いっぱいに菓子をほおばったまま問うビッキーに、カスミは躊躇するようにヘリオンを見た。
「よければ、お食べ」
「あの、じゃあ、いただきます」
示された椅子に腰掛け、遠慮がちに皿から菓子を取る。
「あ、おいしい…」
一口食べて、表情をゆるめるカスミ。
それなら良かったと呟いて、ヘリオンは新しい湯飲みを持ってくるようビッキーを促す。
「で、何か急ぎの用かい?カスミ」
「あっ、すいません。そうでした」
ヘリオンの言葉にカスミは慌てて表情を改めた。
「軍師殿がヘリオンさんに急ぎの用があるそうなんです」
「おやおや、おまえさんに使いっ走りをさせるとはお偉い軍師サマだね」
「い、いえ、ちょうど近くにいたのでわたしが引き受けたんです」
それから、イルフ様もカイさんを探しておいででした。
弟子であり、解放軍のリーダーともなっている少年の名前にカイは眉を上げる。
「おや、午後の鍛錬まではまだ間があるはずだが」
「まあ行ってみるしかないの」
苦笑しながら席を立つヘリオンにカイも続く。
「おぬしらは好きに茶を飲んでゆくがよい」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
一礼するカスミの横で、
「はーいっ。いつもみたいにやってるね」
湯飲みにお茶を注いでいたビッキーがいつもどおりの元気な声を返す。
ヘリオンはそんな少女の様子にやれやれと首を振りながら、
「くれぐれも危ないことはするでないよ、ビッキー」
もはや何度も繰り返された言葉で小さな釘を刺す。
「二人だけで大丈夫だろうか?ヘリオン殿」
遠ざかる部屋を振り返りながら問うカイに、ヘリオンは肩をすくめてみせた。
「大丈夫ではなかろうが、そうそう大事には至るまい」
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