「じゃじゃ馬がすぎると愛想つかされちまうぞ」
 からかうような口調でそんな無責任なコトを言う声が聞こえた。
「そんなの、君には関係ないだろっ」
 少し怒ったような少女の声に、足早に歩み去る足音が続く。
 廊下を歩いていて偶然耳にしたそんなやりとりに、彼女は吐息をついた。
 そして方向転換することなくそのまま進み、一人の男の姿を視界に認める。
「よお」
 唇の片端を引き上げただけの挨拶。
 いつもと変わらず、なんら悪びれた様子のないふてぶてしい男に彼女は眉間にシワを寄せた。
「おまえというヤツは本当に無神経なヤツだな」
 声に非難の色が宿る。
 すると、男は心外だと言いたげにムッとした顔つきになった。
「なんだ?真っ昼間からケンカ売ってんのか?」
「別にケンカを売った気はない。事実を言ったまでだ」
「事実だと?なにが言いたい。バレリア」
 バレリアは来た方とは逆、つまり少女の去った方へと視線を流す。
「悪気はなくとも、相手が傷つく言葉もあるというコトだ」
 男はやはり意味がわからないとばかりに、怪訝な顔つきになる。
「ああ?はっきり言ったらどうだ」
 そんな男の態度にバレリアは指でこめかみを押さえ、ため息をついた。
 ほんっとうに救われないほどの無神経さだな、と思う。
「テンガアールにひどいコトを言っただろう?ビクトール」
 こう言ったところで、この男には理解できないだろうな…。
 諦めにも似た気持ちで見返すと、やはり予想通りの応答が返ってきた。
「どこがひどいってんだ?じゃじゃ馬っつっただけだろーが」
 本当のことだろ。
 バレリアは腕を組み、相手の頭の先からつま先までを観察するように眺めた。
 そして、冷たく一言。
「むさ苦しい」
「なんっ…」
「女に捨てられるタイプだな」
 ためらうことなく無情に告げられた言葉に、ビクトールは怒りで顔を赤くした。
「てめえ、上等じゃねえか。それだけのことを言うからには覚悟できてんだろうなッ」
 愛用の剣に手を伸ばした相手にも怯むことなく、
「なんだ?怒ったのか?」
 事実だからいいだろう?
 そう相手の怒りを煽るようなことを彼女は言った。
 瞬間、うなりをあげて空気を切り裂いた刃がバレリアの耳元すれすれで止まる。
「そう怒ることじゃないだろう?」
 微動だにせず、冷静な瞳で見返してくる相手にビクトールは苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「てめえ、ふざけんなよ」
 わざと怒らすようなコト言いやがっただろーが。
 バレリアは軽く首を傾げ、剣の風圧で乱れた髪を掻き上げた。
「これと似たようなコトをおまえはテンガアールに言ったんだ」
「へ?ちょっと待てよ、オレは別に…」
 初めて怯んだ様子を見せたビクトールに、バレリアは苦笑する。
「私は多少無茶をしようと元気いっぱいのテンガアールを好ましく思っている。ヒックスもそうだろう。それをテンガアール自身わかっていると思う」
 だが、…
「好きだからこそ、恋しているからこそ、人は不安を抱くこともあると思わないか?」
 もしかしたら、いつの日かこんな自分をヒックスは嫌いになるかもしれない、と。
 ゆっくりと顔の横の刃を手で押し返しながら、バレリアは静かな瞳で戸惑う相手を見返した。
 がさつで無神経極まりないとしても、ビクトールは相手を思いやる気持ちだけは人一倍持っているのを彼女は知っていた。
 だからこそ、解放軍の中でも彼を慕う者が多いのだと。
「…そうだな。オレが悪かったみてえだな」
 剣を引いたビクトールは珍しくバツが悪そうな顔をして、そう言った。
「テンガアールには後で謝る」
 けどな、もうちっと言いようがあったんじゃないか?
 おまえの言葉にゃ、けっこうグッサリきたぜ?
 自分の非は認めるが、それでもあんまりな仕打ちじゃねえかとふてくされるビクトールにバレリアは小さく笑った。
「おまえは本当に可愛いな」
「だからッ、ケンカ売ってんのか!?」
「まさか。うらやましいと思っている」
「はあ?」
 なにわけのわかんねえこと言ってやがるんだ、とビクトール。
 しかし、鈍感な彼にわざわざ説明してやる気もなくて。
 バレリアは笑みで誤魔化し、その場を後にした。
 そして、思う。
『もし、私が…』 
 仮に同じようなコトを言われたとしても、傷つくことはないだろう。
 それは強さだろうか?
 それとも弱さゆえなのだろうか?
 わからないな、と呟き、彼女はかすかな笑みを唇に浮かべた。

 NEXT