『どうしてあいつはああなんだ!?』
怒り冷めやらぬまま、彼女は石造りの廊下を歩いていた。
表面上は平静を保っているつもりでも、その殺気だった眼光の鋭さに誰もがとっさに身を引いて道を開ける。
しかし、この時の彼女にはそんな周囲の様子に自分を省みる余裕すらなかった。
帝国の士官として、また同僚たちに侮られぬためにも常に冷静に行動することを己に課していた彼女にしては珍しい荒れようと言えたかもしれない。
肩で風を切りながらまっすぐに目的の場所へと向かうと、力まかせに木の扉を叩いた。
「いるのか!?ビクトール」
部屋の主の名を呼ぶ。遠慮のないノックに扉がきしみを上げた。
しかし、返事はなく、扉越しとはいえ人の気配も感じられない。こんな見つかりやすい場所にすぐさま帰っているとは彼女自身思っていなかったが、やはりやり場のない怒りに肩が震える。
と、隣室の扉が開き、一人の青年が顔を出した。
「バレリアか。なんだ?ヤツがまた何かしたのか?」
ちょうど本でも読んでいたのだろう。片手に本を持ったまま、彼は驚く様子もなくそう声をかけてきた。
口元に浮かぶ苦笑には諦めの色。
そう、彼もまた隣人の起こす騒動に巻き込まれ続ける苦労人であった。
「フリック殿。お騒がせしてすまない」
第三者の登場で少しばかり冷静さを取り戻せたとはいえ、感情の欠落した声で型どおりの言葉を返すのがバレリアの精一杯だった。
その強ばった顔を見返し、フリックは肩をすくめる。
「別に慣れてる。ヤツは帰ってないけど、今度は何?」
食料庫をあさった?
女風呂を覗いた?
それとも、壁を突き破ったとか?
どれもこれも前例があると知っているだけにバレリアは頭痛を覚えた。
今更だが、ビクトールという男は本当にろくでもないヤツだと思う。そのくせ解放軍の中では中心的人物で人望もあり、良きムードメーカーにもなるのだからなんだか納得できないモノがある。
「私の部屋に勝手に入って、酒を盗んで行った」
言葉にしてみると、腹立たしさがひときわ増した気がした。
盗まれたのはたかが酒一本で。
それだけ考えればそうたいしたことではないコトだったかもしれない。
しかし、盗られたのは彼女にとって特別な思い入れのある酒だったのだ。
一言の断りもなく赤の他人に処分されてしまって、怒りと同時に言いようのない切なさをも抱くほどに。
「あんのバカは…」
フリックは思わずというように盛大なため息をこぼした。
「帰ってきたらとっつかまえてあんたの部屋に連れて行こうか?」
しかし、その提案にバレリアは首を振った。
「いや、こちらで待たせてもらう」
相手は逃げ足も速く、相手を交わすことが巧みな”本能犯”である。知能犯ではないだけに扱いはやっかい極まりなく、それなりにつき合いのあるフリックといえども手間取るだろうと思えた。
ああいう猪突猛進型には素直に正面から待ちかまえているのが得策なわけで。
「その方が早くカタもつきそうだ」
迷うことなく手をかけた扉はこれまで鍵のかかっていた試しがない。
案の定、扉はすんなり開いた。そして−−−
「−−−−−ッ」
目に飛び込んできたその光景に彼女は息を止めて、立ち尽くした。
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