「バレリアを探してるんだが、見かけたら声をかけといてくれないか」 
 俺に向かってそんなふざけたコトを言いやがるヤツがいた。
 そいつは出会う人間片っ端からそう言って回っていただけだから、別に罪はないかもしれねえ。
 しかしな、なにも俺にそんな事を言わなくてもいいだろうに。
 ああいう手合いとはあんまし関わり合いになりたくねえんだよ!!
 関わり合いになったせいで被った不愉快な出来事を次々と思い出し、俺は顔をしかめた。
 声をかけるどころか、できれば顔を合わせるのもご免被りたい。
 だが、そう思っている時にかぎって見つけちまうのは呪われてんのかよ、俺は。
 ため息がこぼれる。
 見てみないフリで通り過ぎるか?
『ケッ』 
 なんで俺サマがそんな逃げるみてえなコト、しなけりゃならねえんだ。
 ますます不愉快な気分になりながら、吐き捨てるように名を呼ぶ。
「バレリア」
 書庫の奥、窓枠に腰掛けてアイツは分厚い本を開いていた。
 よっぽど読書に熱中しているのか、戸口にいる俺にはまったく気がつかない。
 こっちはな、嫌々声かけてやってんだぞ!
 ムカつく野郎だと思いながら、俺はもう一度、少しだけ声を強めて名を呼ぶ。
「おい、バレリア!」
 それでもバレリアは俺に気づかなかった。
 いくら本に気を取られていても、ふつう二回も呼んだら気づくだろうがっ。
 戦闘中は声なんてかけなくても、視線だけで相手に気づくくせしやがって。
 わざと無視してやがるんじゃねえだろうな!?
 俺には人の気配に鈍いだとか言っといて、てめえはどうなんだよ!
 親切に三度も声をかけてやる気はねえからな。
 俺はずかずかと近寄り、すぐそばで立ち止まった。
 それでもバレリアはまだ気づかない。
 このまま突き飛ばしたら、窓から落ちるんじゃないかというくらいの精神集中ぶりだ。
 が、ページをめくろうとして本に落ちる俺の影にやっと気づいた。
 そして、ついと顔を上げる。
 その澄んだ瞳に俺は一瞬、見惚れた。
『こいつも黙ってれば綺麗な女なのによ』 
 …って、冗談じゃねえぞぉお!!
 顔から血の気が引く。
『こいつを女だなんて思うようじゃ、オレもおしまいだぜッ』
「ビクトール…?」
 少し驚いたように、バレリアは俺を見上げた。
 どうやら本当に俺に気づいていなかったらしい。
 それもどうかと思うが、体を反らした拍子にバランスを崩して窓から落ちかけるってのは問題じゃねえか!?
「バレリアッ」
 俺は慌ててバレリアの腕をつかんだ。思いのほか軽い体は引いた勢いのまま俺の腕に収まる。
「ああ、すまない」
 からくも墜落死を免れたバレリアはといえば、ぼーっとしたまま感情のこもらない声で応える。
「少しぼうっとしていた」
 少しどころか、めちゃくちゃぼけぼけしてやがんだよッ!!
 コイツは落ちて死んでも何が起こったか気づかなかったんじゃねえか?おい。
「馬鹿か、てめえ」
 睨みつけるとふいにいつもの冷静さを取り戻した目が俺を見返した。
『く、来るかっ!?』
 とっさに手痛いツッコミがくると身構える俺の腕をゆっくり外して、バレリアが立ち上がる。
「悪かったな。次から気をつける」
 素直な謝罪。
 くすっと空気が震えた。
「ありがとう。ビクトール」
 あ、ありがとうだとお〜〜〜!?
 こ、この意地悪で鉄面皮の女が!?
 い、いやいや、そういや、昔は俺だってこいつに礼くらい言われたこともあったような…。
 そ、それに鉄面皮っつたって俺以外のヤツには笑いかけたりするわけだし…。
 呆然とする俺は、バレリアが書庫を出て行くのにも気づかなかった。最初の目的すら忘れていたのは言うまでもないだろう。
 怒鳴りつけられるよりも大きなダメージから俺が立ち直るには、かなりの時間が必要だった。



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