| 明るい日差し。 晴れやかな空を胸の奥にまで感じるような、そんな陽気が心地よい。 思わず軽くなる足取りがスキップなんて踏まないように注意しながら俺は廊下を歩いていた。 そして、行く手にたたずむ女性に気づく。 赤い軍服に遠目でもそれが誰なのかわかった。 彼女は開いた窓のそばに立ち、階下を見下ろしていた。 何をそんなに熱心に見ているのだろうと思いながら近づき、少しだけ俺は彼女に見惚れちまった。 やさしい瞳に穏やかな微笑みを浮かべた口元。 彼女はとても幸せそうな顔をして何かを見つめていた。 戦闘中の厳しい顔つきをした彼女に慣れてしまうとそのギャップに少し驚くが、休息の間ならば時々、彼女でもそんな穏やかな表情を見せることがあった。 特に解放軍の中でも幼い年頃の連中を見る彼女の目は言いようもないほどやさしい。きっと子供好きにちがいない。 ただ、そういうところはオデッサとも似ていて俺は少し胸が痛んだが、見ていてあたたかな気持ちになれるのも確かだった。 俺は大切な仲間の一人として彼女がけっこう好きだった。 『本当に嬉しそうだな』 今日は何を見てるんだ? なにげなく近くの窓から下を覗き込み、俺の息は止まった。 『−−−ッ!?』 えええええッ!? 勢いよくバレリアを振り返り、振り返ったのと同じ勢いで窓の下を見直す。 それを三度ばかり繰り返してやっと俺は息をするのを忘れていたコトに気づいた。 息苦しさに慌てて空気を吸い込む。 ショックと酸欠で遠のきかけた意識がなんとか戻ってくる。 あ、危なく倒れるところだったぜっ。 あー、びっくりした…。 額の汗を拭い、俺はばくばくいう胸を押さえた。 そして、ふいに視線を感じて顔を上げると俺を見ているバレリアにぶつかった。 「バレリア…」 相変わらずのやさしい目だった。 まるで家族に向けるような、心のおける友に向けるような、そんな瞳。 彼女はごく稀にそんな目で俺を見た。それは確かに彼女に認められているようで自分自身が誇らしく、またただ単純に嬉しい事実でもあった。 彼女はクスッと小さく苦笑して、肩をすくめた。 見られてしまったか、と告げるように。 しかし、そこには悪びれる様子なんてなくて、彼女は再び楽しげにきらめく瞳を窓の下へと向けた。 俺もつられるようにして下を見る。 そこにはビクトールがいた。…いや、正確には剣の練習試合をするビクトールとレパント殿とそんな彼らを見守る見物人たちがいた。 彼女が二人の打ち合いを見ているのは確かだった。 あの目は何を追っているのだろう? レパント殿か…? ま、まさかビクトールとか…? いや、単に二人の闘いぶりに関心を持っているだけかもしれないよな? まあ、たとえそれだけだとしてもあんな目をして見てるなんて俺にとっては驚きだった。 だから俺は窓の外を向いたまま、聞いてみる。 「なあ…あんたはビクトールのことどう思ってんだ?」 バレリアはビクトールを嫌っているんだと、今の今まで俺は思っていた。 ビクトールってヤツはちょっとしたことで怒りまくるし、口は悪いし、最後は力押しでくるし。 真面目で冷静沈着なバレリアとは水と油みたいに相性が悪いんだとほとんどあきらめていたくらいだ。 でも。 もしかするとそれは違ったのかもしれない。 「どう、と言われても…」 バレリアはかすかに笑ったようだった。 「そうだな、あの剣の腕は見事なものだ。こいつになら背中をあずけても安心できる、と思う人間の一人に数えられるだろうな」 良い上官というのは部下を叱るだけでなく、誉めることにも長けているものだ。そういう意味でもバレリアは優秀な軍人といえた。 そう、彼女はどんなささいなコトでも見つけた相手の長所を臆面なく言葉にしてみせた。 ただ一人の例外を除いて。 「それ、本人に言ってやったことあるか?」 考えるような沈黙の後、彼女はくすりと笑った。 「そういえば、ないかもしれないな」 確かにああいう風にいつも顔を付き合わせていれば、相手を誉めるどころではないだろうが。 それでも。 「喜ぶと思うけどな」 「調子に乗る、の間違いじゃないのか」 うっ。 バレリアのツッコミはいつも手痛いくらいに的確だ。 「あー、それはそうかもな」 それによく考えてみたら、喜ぶどころか目玉が落ちそうなくらい驚くんじゃねえか?あいつ。 そんでもって、天変地異だ異常事態だと騒ぎまくって…。 仲良くなれるどころか悪化の一途…? 「まあ機会があれば、言っておこう」 それが言葉だけのものなのか、本気なのか俺にはわからなかった。 やっぱり止めておくべきだろうか? いや………まあ、いいか。 人間関係なんてなるようにしかならないだろう。 もちろん、こいつらが仲良くなってくれれば俺はうれしいけどな。 面倒な仲裁役を辞められるし、きっと戦闘じゃ最強のコンビネーションが見られると思うわけだ。 でも、まあ多くは望むまい。 「なあ…」 今なら、聞けそうな気がした。 「バレリアはあいつのこと嫌いか?」 少しだけ緊張する俺を見返し、バレリアは笑いをこらえるように口元を手で押さえた。 「私があいつを嫌う理由は別にないだろう?」 「そうなのか?」 とっさに俺はおうむがえしに聞いていた。 嫌って当たり前なくらいバレリアはあいつにけっこうひどいコトされてると思うんだが。 「嫌うほどのコトをされた覚えはまだないからな」 言いながら、くすくすと笑う。 その言葉があたりさわりのない社交辞令だったのか、それとも彼女が途方もなく寛容なのか。 もしかしたら、俺は変な顔をしていたかもしれない。 バレリアの考えとか気持ちってのがまったくわからなかったからだ。嫌いじゃないのに冷たい態度をとったり、命掛けの殺し合いしたりってのはどういうことになるんだ? ぜんっぜんわからねえ!! そんな俺の考えを読みとったかのように彼女が笑う。 でもまあ…。 「嫌いじゃないならいいか」 そうわかっただけでも、大きな収穫だったかもしれない。 嫌いじゃないなら、いつかこいつらが仲良くなれる日ってのが来るかもしれないしな。そして、俺にも平穏な時間が戻ってくるってなもんだ。 残る問題はビクトールだけじゃねえかっ! 爽やかな空を胸の中に感じるような清々しい気持ちで俺はそんなコトを考えたもんだよ。 この時は、な。 NEXT |