人魚姫T-【序】
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 深い深い海の底。
 美しい鱗を持った人魚たちが住んでいました。
 今日も今日とて、岩の上に腰掛けた彼女たちは噂話に花を咲かせたり、長い髪を念入りに手入れしたりと平和そのものの様子です。
 そこに色鮮やかなオレンジ色の尾を持つ人魚がやってきました。
 とても元気いっぱい、好奇心いっぱいに輝く目をした少女です。
「ねえ、姉さんを知らない?」
 その問いかけに人魚たちはさざ波のような笑みをこぼしました。
「朝の挨拶はしたけどね」
「すぐに行ってしまったわよ」
「いつもの場所じゃないのかしら?」
 少女は思わず顔をしかめます。
「じゃあ、行き違いになったのかな」
 教えてくれてありがとう、と言って、すぐさま身を翻そうとした少女を一人の人魚が呼び止めます。
「テンガアール!」
「ん?」
「今日はもう少ししたら、嵐になるわよ。お気をつけなさい」
 金色の髪をした年上の人魚でした。
 しかし、テンガアールはなにも答えず、ただちょっと笑っただけ。
 そんな少女の姿が遠い岩場の向こうまであっという間に泳いで行くのを見送りながら、金髪の人魚は小さくため息をつきました。
 その場にいる誰もが、この後の少女の行動をなんとなくですが想像できていました。
「困った子ね」
「元気だけが取り柄だし、仕方ないんじゃない?」
「そうそう。それがテンガアールだもの♪」
 金髪の人魚以外はみんな、たいして心配もない様子で気楽なものです。
「心配だわ」
 密やかな呟きを聞き留め、人魚の一人は明るく微笑みます。
「あら、保護者がしっかりしてるから大丈夫よ」
 その言葉には金髪の人魚もほんの少しだけ表情を和ませました。
「そうね」
 …そうだといいんだけど。
 続く呟きは胸の内にしまって、それでも金髪の人魚はテンガアールの消えた方向をいつまでも見つめていました。
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