
それは不運な出来事だった。
良く晴れた午後、ハボックは市街地の巡回に出ていた。
何パターンか決められたコースの一つを辿りながら、
時々、懐中時計で時間を確認する。
何も問題がなければ、一周するのにかかる時間はだいたい決まっていた。まあ、いつもどおりだな…と彼は煙草をふかしながらのんびり一人で通りを歩いていた。
大通りからは一本裏に入り込んだ道は表通りに比べると人も少ないが、雰囲気はまだそう悪くない。彼が軍人だからと絡んでくるような輩も時々、現れるくらいのものだ。まあ、絡まれたところでそれを上手く交わすことなど彼にとっては造作もないことだったが。
「んー?」
十数メートル先にあった教会の扉が開くのがハボックの目に留まる。様々な宗教が流行る昨今、無関心な彼にはそこが何教の教会かまでわからない。
ただいつも前を通るたびに、古いわりには石造りで頑丈そうな建物だよなとは思っていた。それだけのもの。
しかし、この時、思わず足を止めてしまったのは、そんな場所から意外すぎる人物が出てきたせいだった。
『大佐…?』
私服にサングラスなんかかけて、ますます胡散臭さが増している気がしたが、確かに見間違いではない。
東方司令部の執務室にいるハズのマスタング大佐、その人だ。
『なんで大佐がこんなとこに…』
また執務室を抜け出したのかと思うと同時に、怒っているだろうホークアイ中尉の様子が思い浮かんで、ハボックはため息をついた。
ここはなんとか捕獲して、連れ帰った方がいいんだろーなあと思う。
だができることなら、見て見ぬフリですませてしまいたい。
どうしたものかと…できればこのままどっかに行ってください、と願いつつ、様子をうかがう。
そして、
「!?」
ハボックは息をのんだ。
大佐の背後、まだ開いたままだった扉の隙間から伸びてきた白い手。
白い…というのはこの場合、実に的を得た表現だった。まさに純白のドレスに…そう、俗に言うところのウェディングドレスというヤツを着た女性の姿がハボックの視界に現れたのだ。
当たり前だが、ホークアイ中尉ではない。
まったく見知らぬ女性だった。
振り返った大佐は楽しそうに笑いながら何か言っているようだったが、聞こえなかったし、またハボックの位置からは動く唇の様子も捕らえられない。
その代わりに、
『明日を楽しみにしてるわ』
『絶対、時間に遅れずに来てね』
『あなたが主役なんですから!』
…なんて言葉を女性の唇の動きから読みとる。
途中からだんだん思考がマヒしかけていたハボックは、文字通りその場に凍り付いた。
『あなたが主役って……ええと…どーいう意味だ?おい』
大佐が今現在、誰と付き合っているのか知るごく少ない人間の一人である彼は混乱しかける頭の中をなんとかしようと試みる。
答えそのいち 読唇術に失敗した。
答えそのに 明日、大佐は知り合いの結婚式に参列する。
答えそのさん 明日、大佐と中尉の結婚式がある。
答えそのよん 明日、大佐と今の女性との結婚式がある。
答えそのご アレは大佐に似た別人。
状況的にどれがあり得ないか?
削除していくと、どうにもイヤな答えしか残りそうになかった。
『…って、んなのありえねえって!!単なるオレの見間違いとか勘違いに決まってる』
もう見なかったことにしておこう!と来た道を戻ろうとして、ギクリとする。
閉められた教会の扉の前に立つマスタング大佐がまっすぐに自分を見ていることにハボックは気づいた。
サングラス越しだというのに鋭く刺すような視線。
『殺られる!?』
なんて思ってしまったのは、いくら否定したところでそれだけヤバイ現場を見たのだという自覚があるせいだ。
いつになく異様な威圧感を放つ男はしかし、何も言わなかった。
ただ、しばらくハボックを見つめた後、さっさと踵を返して表通りの方へ姿を消した。
『行った…』
ハボックはどっと押し寄せてくる脱力感と疲労感にしばらく動けず、建物の壁によりかかって額を押さえた。いつの間にやら石畳に落とした煙草が憎らしい。
この後、通常の倍の時間をかけて司令部に帰還した彼は、上官たちが既に帰ったと聞いて内心ホッと息をついたが、
「そうそう、大佐、明日休むってよ」
という同僚の言葉で思わずよろめき、壁に頭をぶつける羽目になった。
|
|