「嫌いなら嫌いと、本人に言ってみてはどうですか?」 



 あらゆる物事をデータとして処理し、冷静に判断する『プログラムソフト』が出した答え。
 多少無責任な点はあるものの、それは彼女にとって実に有益な忠告にちがいなかった。
 そして、実際、それは彼女が求めていた言葉でもあった。
 なのに…。
「どうして私はまだ悩んでいるのかしらね」
 彼女はふうっとため息をついて、テーブルの上に置かれた水晶玉に手を伸ばした。
 人気のない占いの館で、一点の曇りもなく澄んだ水晶の上には彼女の手の影だけが静かに落ちる。
 それ以外の変化を水晶玉は見せない。
 彼女が求める未来へのビジョンを表そうとはしない。
 彼女はかすかに震える指先を手のひらで包み込むようにして握り込んだ。
「馬鹿ね」
 自分の行為がもたらす未来を知っておきたいと思う。
 そうすれば、『何か』問題があるとしても事前に回避できるかもしれない。
 しかし…。
『どうしてかしら?』
 未来を知るのが怖いと…そう、知りたいと思うと同時にそれが怖くてたまらなくなる。
 未来を知るコトが自分の存在意義であるというのに。
 生まれて初めて覚えた感覚に彼女は戸惑わずにはいられない。
 知りたい。
 でも、知りたくない。
 この矛盾を抱えた不安定さが彼女の能力に制止をかける。
「嫌い」
 ぽつりと呟いてみる。
 本当に短い、たった一つの言葉。
 良くも悪くも今の状況を進展させてくれる重要な鍵。

 - 『嫌いなら嫌いと、本人に言ってみてはどうですか?』 - 

 そうしなければ、なにも変わりはしないのだとわかっていた。
 でも、それはこれまでに何度試みてきたことだろう?
 誰に言われるまでもなくそうとわかっていたのに、言うことができなかった一言。
『嫌い』
 それは嫌な響きの言葉だった。
 相手の存在を否定し、傷つける言葉だった。
 そんな言葉を告げて相手を傷つける必要が本当にあるだろうか?
 そもそも彼を『嫌い』だという自分の判断は本当に”正しい”ものなのかしら?
 これがもし、誤りであったなら…?
 答えの出ない問いはまるで出口のない迷路のようだ。
 そして、もうどうしていいのかわからなくて、彼女は道しるべを求めた。
 自分の判断は正しいのだという確信を。
 この感情は誤りではないのだという保証を彼女は欲した。
 しかし、与えられたのは『可能性』であって、確定された答えではない。

 - 『これは可能性であって、確定された事象ではないのですから』 -

 そう、前例のない事柄に対して、確たる答えが与えられることはない。
 特にココロを持つプログラムソフトを動かすという新たな試みには、未だ計り知れぬ部分も残っているという。
「…答えは自分自身で見つけるしかないみたいね」
 苦笑し、彼女はもう一度水晶玉を覗き込んだ。
 未来はやはり視えない。
 ただ水晶の面に薄く映り込む自分自身の瞳を見返し、彼女は静かに心を決める。
『ケリをつけましょう』
 この状況に。
 この不安定な感情に。
『その時、私は何を思うのかしらね?』



 next → 「U